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記憶も意識も曖昧だ。まるでどこかに全てを置き忘れてしまったような。だというのに、その状況を何故かボクは不思議に思っていなかった。
「暑いね」
「……うん、暑いね」
「ここにいたら倒れちゃうよ。行こう」
「どこに？」
「そりゃあ、涼しいところだよ」
あっけらかんと彼女はそう言った。それもそうか。
彼女は手に持ったアイスの残り半分を口に放り込んで、しなやかな指先で棒をチョンとつまんで引き抜いた。そのまま踵を返して歩き出したので、ボクもそれに倣ってついて行く。ひゅうと向かい風が吹いた。生温くてどんよりしていて、思わず顔を顰めた。
Aちゃんは手元に残った棒を夏休みの小学生のようにクルクル振り回して遊んでいる。ゴミ箱がないからすぐには捨てられない。コンビニでもあればいいのだが。
そもそもボクはどうやってあのアイスを手に入れたんだったか。数刻前には持っていなかったはずだし、気付いたら手の中にあった。……考えるほどわからない。
「まふまふくん、なんであんな所にいたの？」
「えっ、と……なんでだろう」
「危なっかしいな」
「ごめんなさい……」
「あはは、まあそういうこともあるよ。夏だもん」
関係あるのかな。とは思ったけど、とりあえず黙って肯定しておいた。
それを言うなら、そういうAちゃんこそ、どうしてここに居るんだ。
……いや、Aちゃんが居ることは別におかしな話ではないだろう。そのはずなのに、彼女とこうして並んで歩いていることに、とてつもない違和感を覚えた。けれどそれを口に出してはいけないような気がして、Aちゃんを傷つけてしまうだろうと半ば確信していて、声には出さなかった。
ミンミンミン、忙しなく蝉が鳴いている。相変わらず、他に人影はなかった。
「まふまふくんさ〜」
「……その、『まふまふくん』って何？」
「え？ 君のことに決まってるでしょ」
そうらしい。そういえばそんなあだ名で呼ばれていた気がする。でも、どうにも妙に噛み合わない。学生服も、炎天下も、彼女の姿も……そもそもこのどれもが自分と上手く結びつかなくて、どうも居心地が悪い。
なんだ、まふまふって。どうせならもっとかっこいいあだ名にしてほしかった。
「名前で呼んでくれたらいいのに」
「だめ」
「なんで？」
「連れてかれちゃうから」
「誰が、誰に」
「まふまふくんが。……八月に」
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作者名：こより | 作成日時：2023年3月1日 21時
