停滞にて【mfmf】 ページ20
じくじくと肌を焼く太陽、透き通る青空、蝉の声、灼けたアスファルトと陽炎、うだる様な暑さ、近づいては遠ざかる水溜まりの虚像、蝉の声、首筋に浮かぶ汗、蝉の声、蝉の声。
「いや蝉うるさ……」
紫外線で白む世界を睨んだ。頭から湯気が立ちそうだ。きっちりと留められていた制服のボタンを一つ二つ外して、襟でぱたぱたと自分を扇ぐ。ぬるい空気が当たるだけで、不快感は増すばかりだった。
夏だ。あまりにも夏だ。夏すぎる。今日が何月何日なのか正確なところは覚えちゃいないが、八月であることは間違いないだろう。そう思うくらいには夏だった。快晴で、雲の影ひとつ落ちてやいない。白く澄み切り、青く澄み渡り、いろんな色が綯い交ぜになって、全部の絵の具を混ぜた溝のような黒がボクに内在する。そんな夏だ。
そういえば、どうして制服なんて着ているのだろう。
きょろきょろと周囲を見渡す。誰もいない。虫の音と風で葉がざわめく音の他には何も聞こえない。影が地面に色濃く落ちている。吸い込まれそうなくらい、黒く、深く。
「……███さーん」
友人の名前を呼ぶ。返事は無い。
「██くん、███さん、██ー……」
相変わらず、蝉時雨が無情に響き続けるだけだった。
……いや、おかしい。今、自分は誰の名前を呼んだのだろう。つい数瞬前に自分の口から出た音が、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされたように、ノイズがかかったように思い出せない。
「██、██████████！」
蝉の音がする。蝉の音がする。蝉の音がする。
ボクそのものすら掻き消してしまうようなそれに満ちて、自分の叫び声も聞こえない。耳障りな羽音が、不協和音が、脳味噌の裏までジワジワと侵食して食い破られていく。
記憶の奥底でボクを呼ぶこの声は誰のものだ。聴き馴染みだけが先行して記号に表せないその音はなんだったか。ボクは、誰だ。
ぽた、
アスファルトに黒点の染みができた。それは右手に持っていた、水色のアイスキャンディーが溶け落ちたことによって発生したものだった。……こんなもの、持っていただろうか。
腐蝕した肉と大差なく、熱に負け、重力に負けてぼたぼたと崩れていくそれに、じっと目を向ける。
冷たい。
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作者名：こより | 作成日時：2023年3月1日 21時
