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思えば、今日エミさんと会った瞬間から、いつもなら感じない違和感がそこかしこに散りばめられていた。
待ち合わせに現れた彼は、新品ですと言わんばかりの折皺が入ったシャツを羽織り、いつもはチョイスしないような淡いブルーのインナーを着ていた。
お昼を食べた場所も、今まで私たちしか客のいない寂れた定食屋ばかりだったのに対し、今日は前に雑誌で取り上げられたという洒落たお店に、わざわざ遠回りをしてまで立ち寄った。
極めつけは、この横顔だ。
夕陽に照らされたエミさんの横顔は、紅葉のことなんてちっとも考えちゃいない。
そこに今日一日の違和感の原因が集約されていた。
私は、当然のようにその”予感”を感じ取ってしまう。
心臓が、静かにうるさかった。
もう私の頭からも、紅葉のことなど忘れ去られている。
下から吹いてくる風が、前髪を巻き上げ、おでこがつんと冷えた。
「ねえ、もしかして」
震える声を抑えて、ゆっくりとそう口にすると、エミさんの缶コーヒーを握る手が更に白んだ。
「今日、デートのつもりだった？」
一拍おいてこちらを向いた顔の、なんと情けないことか。
悪戯を仕掛ける前にバレてしまって残念がるような、それでいて悪戯を仕掛けずにすんで安堵するような。
その顔に頬は緩んだが、心臓はきゅうと締め付けられ、熱を運ぶ。
「は、恥ずかしながら」
言葉通り恥ずかしそうに頬をかき、もにょもにょと口が動く。
ちゃんと言葉にして伝えようとしてくれているようだが、私にはその表情だけで、もう十分だった。
「もっとちゃんとしたかったんですけど、どうも上手くいきませんでした」
「諦めちゃうんですか？」
「今日のところはそうしようかと」
「ここでキスの一つもできないようじゃ」
は、とした彼がこちらを向いた。
そらすまいと見つめ返す目が熱くなる。
「ずっとこのままですよ」
語尾が不安定に揺れる。
こちらに伸ばされたエミさんの掌は、缶コーヒーの温かさを残しているのか暖かく、風ですっかり冷えていた私の頬を溶かした。
「そうですね」
エミさんの色素の薄い瞳に、紅葉と夕陽の橙が混ざり合い絶妙にカッティングされた宝石のように煌めいていた。
それが近づくにつれて、自身の視界はゆらゆらと揺らめいて、更に光を乱反射させ、その余りの眩しさに終いに私は目を閉じたのだった。
その瞳は、私にとって、
その涙は、俺にとって、
まるで黄金の輝きだった。
〈シトリン:自信、友情、豊かな感受性〉
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