【d!】虹色の今日を【企画短編】 (ページ29)

今日:12 hit、昨日:0 hit、合計:12,921 hit

▽ ページ29

「エミさーん！！！」

「はい？！！！」

「あとちょっとおーーー？！！！」

あと少し！という彼の声がぶつかってくる風に吹き飛ばされるのを、私の耳が辛うじて聞き取る。
目の前には、ウィンドブレーカーを着たエミさんの広いとも狭いとも言えない背中があり、私はそこにプリントされたスポーツブランドのロゴを複雑な気持ちで眺めた。

何故にエミさんの"ケツ"に乗っているかといえば、それはある一つの誤算が原因だった。
私は、自身のバイクが丁度車検中なのをすっかり忘れていたのだ。
勿論、紅葉狩りを断ろうとしたのだが、エミさんが頑なに今日以外は無理だと言い、結果こうして彼のウィンドブレーカーをひっそりと掴むことになった。

これは、友情ラインを超えてはいないだろうか。

少しでも踏み越えてしまうと、このぬるま湯は一瞬にして冷め切ってしまう気がして、彼といるといつも考えてしまうその線の上をぐらぐらと揺れる。
この背中にぴったりと合わせる胸を、”友達”である自分は持ち合わせていない。

彼の背中から視線を外し、流れていく景色を見つめる。
先ほどまで、鬱蒼とした森の中を走っていたが、山頂が近づき、視界が大分開けてきた。
緑色の常緑樹の中に、疎らに橙色や黄色がちらついている。

有名な紅葉スポットじゃなくてもいいですよね。

そう言ったエミさんが示した目的地は近場の割に、名前も知らないような山だった。
その為か、先ほどからすれ違う車もなく、山道は静かに二人を運んでいく。

「腕、まわしてもいいですよ」

「え？ごめん！聞こえなかった！」

控え目に発せられた言葉は一瞬にして後ろへと吹き飛ばされていき、エミさんは同じ言葉をもう一度繰り返すことはなかったし、私もウインドブレーカー以外の場所を掴むこともしなかった。

「おお～、綺麗～！」

「素晴らしいですねえ」

手の中で先ほど自販機で買った缶コーヒーを転がしながら、目の前に広がる絶景に嘆息し、二人して白い息を吐いた。

「ショッピも来れたらよかったね」

「…そう、ですね」

芳しくない返しに、おやと思う。
いつもなら彼は、そこで満面の笑みで同意するはずなのに。
写真だけでも見せてあげましょうと、自慢のカメラを取り出して、私なんかほったらかしで夢中になってファインダーを覗くはずなのに。

彼は手元の缶コーヒーを落ち着きなく動かし、柵に凭れさせた体を揺すっている。
やっと着いた山頂で、煙草に火すらつける様子がない。