31 引越 ページ31
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何度も有岡の部屋の前を通るけど、静まり返っていた。
車はあるけど、いるのかいないのか。
「しつこい！」と大きな声をだして別れてから、何もないから。
ちゃんと諦めてくれたんだと思う事にした。
引越し業者さんが、積んだ荷物を整えてる間に、不動産屋さんのチェックが入った。
数日前に勝手に持ってきた合鍵と共に二つの鍵を返却して、無事に引き渡しが完了した。
最後に有岡の部屋の前を通る。
よく考えたら、昔大好きだった頃よりは、全然気持ちがなかったなって。
だからこんなにあっさりと、別れられたんだけど。
不動産屋さんと下まで降り、挨拶をして別れた。
そして、トラックと一緒に私も車で移動することになってるので、引越業者の方に、行先の確認をして、それぞれ車に乗り込む事になった。
っと、有岡の部屋のベランダを見上げた時に、その奥のガラスの窓に人影を感じた。
こっちを見てる気がして。
車に乗り、スマホを出した。
そしてひと言だけメッセージを送った。
A『今まで、ありがとう』
すぐにスマホをドリンクホルダーに立て、すでにナビを設定してある目的地に向かって出発した。
私の後ろについてきたトラックの大きさで、もうベランダは見えなくなってたから。
だから、ちゃんと前を見て、出発することが出来たと思う。
なんだろ。
ちょっと笑ってしまう。
小さい頃と一緒だった。
有岡は王様みたいに、自分のしたいようにして。
私の事を思ってくれてるのかと思ったら、そうでもなかったっていう。
色んな人に優しくて、だからみんなにチヤホヤされて。
今は分かる、それはみんなに嫌われたくないっていう性格だから。
NOと言えない有岡みたいなのは、私は苦手なんだって分かった。
不愛想で、人見知りで、みんなに敬遠されがちだけど、私にだけ優しい顔を見せてくれる人がいいんだって。
幼馴染として思うのは、ちゃんと就職しておばさんが安心してくれたのはよかったなと。
カーステレオから、ミスチルの「CANDY」が流れてる。
ほろ苦さと甘酸っぱさの両方の味が、私の胸にもあったなって。
結局孤独になっちゃったのも一緒で、なんだか切ない……
有岡に寄りかかってた背中を、スッと離して。
一歩前に進みたい、そう思わせる、北海道の空だった。
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作者名：やまぱん
| 作成日時：2020年3月16日 19時
