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「太宰、さん?」
「そうそう、覚えていてくれて光栄だよ」
にこやかに答えた太宰の顔は少し赤らんでいる。

「ところで樋口君。これから暇かな?」
「ええ、しばらくは」
「なら丁度良かった。これから付き合ってはくれないかな? 奢るよ」
持ち金が乏しい私にとって奢ってもらえるのは有り難かった。

「わかりました、お付き合いしましょう」
「そうかそうか。ならこれから飲もう! 相手が居なくて暇してたんだよ」
太宰に連れられて、居酒屋に入った。

「ほらほら、飲んで飲んで〜」
太宰は前から飲んでいたのか、明らかに酔っている。

「お言葉は嬉しいのですが、私は……」
「え、何なに? 下戸なの? お酒苦手なの?」
段々うざくなってきた。

「ほらほらー、飲みなよー」
悪酔いした青年が絡んで来ます、助けて下さいとでも言いたくなる。

「よし、こうなったら心中しよう! 君となら死ねる!!」
「絶対に嫌です。勝手に死んで下さい」
私は太宰の手を払い除けて店を出た。身の危険を感じたからだ。

外の空気はひやりとして心地好い。
裏路地の地面に座り込み、目を閉じる。


「樋口。何をしている」
聞き覚えのある声。昔のぼやけた記憶の中にある、何か。
目を開けると治療された時の夢に出てきた人にそっくりな男性が立っていた。

「……僕の事も、忘れてしまったか」
それだけ言うと、私の頭に手を置いて続けた。

「夜は冷える。外で寝ては風邪をひくぞ」
細い手、細い足。その細部から温もりが伝わる様な気がした。

「ひーぐーちーくーんー。何処だいー?」
酔っぱらいの声が聞こえる。

「太宰さん……。僕のメモは役にたったのか」
一人納得して、彼は私の手を引いた。

「行こう。酔った太宰さんは厄介だ」
細い手からとは思えない程に力は強く、私は逃げようと言う気も起こらず、ただ黒い外套と白い肌の彼に手を引かれて歩いた。


この人は、一体誰?
私の知り合いではあるのだろうが、思い出せない。きっとぼやけた記憶の中に居た人なのだろう。

私の……、上司?

私に対して敬語を使わないのなら、私の同僚か上司。気に掛けてくれるなら、直属の近い立場にいたはず……。いや、上司と言うより……

「せん、ぱい……?」

私の声に彼は立ち止まった。

「何か、思い出したのか?」
彼は振り返り、私の肩を強く掴んだ。

「違います、まだ、なにも……」
怖くなり、否定してしまった。

「……そうか」
彼は手を離し、残念そうな顔をした。

・→←3、樋口 就職する



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蒔愛(プロフ) - 日常的さん» いえ、文ストの中でも好きなキャラクターです。何かお気に障ることがございましたか?良ければお教えください。 (2018年4月28日 0時) (レス) id: 0e9106e5ea (このIDを非表示/違反報告)
日常的 - 作者さんは樋口が嫌いなんですか? (2018年4月28日 0時) (レス) id: f7c5d2c875 (このIDを非表示/違反報告)
蒔愛(プロフ) - 二葉さん» お読みいただきありがとうございました。感想ありがとうございます。 (2018年1月21日 13時) (レス) id: 0e9106e5ea (このIDを非表示/違反報告)
二葉(プロフ) - 拝読させて頂きました。切なさで一杯になり思わず涙が溢れましたが、4章の後半に差し掛かった頃には切なさとはまた違った涙が溢れるばかりでした。迚も心に残る良い作品でした。 (2018年1月21日 13時) (レス) id: aa4e1ad83a (このIDを非表示/違反報告)
蒔愛(プロフ) - ギオさん» お読みいただきありがとうございました。感想ありがとうございます。 (2018年1月17日 7時) (レス) id: 0e9106e5ea (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:蒔愛 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2016年7月22日 22時

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