三話 ページ4
次の日起きると、ナオミはもう既に家を出ていた。僕が朝食に食べようと思っていた夕飯の残りも消えていた。
仕方ないから別に急拵えで朝食を食べてバイトへ向かった。
それからしばらく、ナオミには会わなかった。
事が急変したのは、夏休みに入ってからだった。
いや、きっと春から緩やかに変化していたのに、僕が気付かなかっただけだ。
それが、夏になって一線を越えてしまったんだ。
バイトから帰ったその日、母さんが机にうつ伏せていた。
僕はあまりに驚いて息をするのさえ一瞬、忘れていた。
それから母さんに駆け寄って、肩を揺する。
「母さん……!大丈夫?」
母さんはすぐに顔を上げて、弱々しく笑った。
「……ごめんね……。会社、クビになっちゃった……」
「何があったんだよ、責めないから……。大丈夫、だから教えて……」
涙が溢れてきた。僕の知っている母さんじゃない様に思えた。
聞けば、昼間に働いていた会社に別のところで働いているのがバレてしまったらしい。
しかも、儲けの良いからと夜の店で働いていたのが災いして、会社の為にならないと怒りを買ってしまったらしい。
母さんは終始泣いていた。僕も泣きそうになった。そうまでして育ててくれた母さんへの申し訳なさが募っていたから。
更に聞けば、ナオミの父親と出会ったのも夜の店らしかった。
金持ちに見えないのに大金叩いていたらしい。
おそらく、ナオミの稼いだ金だ。
そんな男に、母さんは惚れてしまった。きっと僕の父親もそんな男で、僕と母さんを捨てたんだ。
母さんは僕が働ける様になったのを良いことに、ナオミの父親へ貢ぐ量が増えたらしかった。その金で、酒を飲み、博打を打って生きているらしい。
腸が煮え繰り返る思い、と言うのはこんな感じなんだろう。
その男の息を止めたいと思った。
思い返せば、その男にほとんど会っていない。半年もの間、何をしていた?
全うに生きていたのは僕だけなのか?
もう、何も考えようとは思えなかった。ただ、母さんを抱き締めて泣きたかった。
僕は必死に生きているつもりだった。
母さんも必死に生きていた。
ナオミも必死に生きていた。
その男だけが、愚かに生きていた。
その日から母さんは、家に居る事が多くなった。
何をするわけでもなく、ぼんやりと外を眺めているだけ。表情も変えないで。
朝方遅く帰って、夕方に家を出る。
母さんはまだ働いていた。
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