検索窓
今日:4 hit、昨日:1 hit、合計:2,979 hit

一話 ページ2

父さんを、僕は知らない。

物心ついた時には母さん一人で僕を育ててくれていた。
と、言っても朝は僕が起きるよりも早く出て行き、夜は僕が眠ってから帰って来たから、一緒に過ごす時間はほとんどなかった。


年に一度、僕の誕生日だけは絶対に一日仕事を休んで、一緒にいてくれた。

それだけで十分だった。






中学三年の秋。母さんは改まって僕に話があると言った。
その日は珍しく、僕の誕生日でもないのに仕事を休んでいた。

日曜日だった。低い机に向かい合って座ると、母さんは言った。




「母さん、再婚したい相手がいるの。
今日は、その人に会いに行こうと思ってるんだけど、潤一郎も行く?」


照明を落とした様に視界が暗くなった。母さんの口からそんな話が飛び出すとは思っていなかった。



「……行く。着替えるから待ってて」

僕は悔しかった。今さら父さんが出来るのも、母さんがそんな話をしたのも。

一番きれいな服を選んで着ると、母さんはいつもよりしっかりとメイクをしていた。




その男の第一印象は悪くなかった。狭いけれど小綺麗なアパートで三人で話をした。


「娘が、居るんだけどね。今、遊びに行っちゃってて……。ごめんね、潤一郎君」

「いえ、大丈夫です」

「娘も中三なんだけど、進学する気はないって遊んでばかりなんだ。潤一郎君を見習ってほしいくらいだよ」

その頃僕は猛勉強をして、奨学生で高校へ通うつもりだった。普通に受ければ、私立は愚か公立さえも授業料が払えないことは目に見えていた。


その日、その娘に会うことはなかった。




ただ、その日の帰り、偶然見てしまった光景。
それが後に真っ暗闇へ僕を誘う要因となった。




「ねぇ、お兄さん」

母さんの少し後ろを歩いていると、声がした。


声の主は僕とあまり歳の違わないくらいの少女。

どうやら、僕ではなく、後ろを歩いていた青年に声をかけたらしい。




僕は彼女の姿をしかと瞳に納めていた。

真っ黒い髪、透き通った肌。大きく妖艶な目、艶やかな唇。

ものすごく綺麗だった。

童話の、白雪姫とはこんな感じだろうかと考えていた。


見つめる僕と、目が合った彼女は、青年と腕を組ながら微笑んだ。


焦がれる様な胸の痛みを、今でも僕は覚えている。






やがて、無事高校に奨学生として入学した四月。

母さんと男は婚姻届けを出した。

どちらも再婚で、子供がいた。

二話→←プロローグ



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (2 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
3人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:蒔愛 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2017年8月27日 0時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。