ガラスと惑溺＿ko-chan ページ9
ずっと前から、いつの日かこんな日が来るのではないかと心の中では思っていたんだ。
クーラーをつけるか否か微妙な温度が漂う午後三時。俺と彼女は、向かい合って座っていた。目の前には、お揃いのグラスに注がれた麦茶が手つかずの状態で置かれている。
「航平、」
先に口を開いたのは彼女の方だった。名前を呼ばれ、素直に顔を上げればバッチリと視線が交わる。ああ、こんな風に真っ直ぐ彼女の瞳を見つめるのは一体いつぶりだろう。
「別れよう。」
もっと早く、俺と彼女の視線が交わっていればこんな風にはならなかったのだろうか。まるで俺の心を読んだかのように、グラスから汗が一滴垂れた。
・
俺とAの出会いは高校の時。学校は違ったものの、共通の友人を介して知り合った俺たちはあっという間に距離を縮めた。今考えれば、恋に落ちたきっかけや好きになった理由なんて大層なものは無くて、付き合った理由だって高校生特有のノリや勢いにすぎなかった。それでも、確かに時間を掛けて愛を育んだつもりでいた。
そうして二人の距離が縮まってしばらく経った頃、俺とAは大学三年生になっていた。
｢航平、これ可愛くない？｣
久しぶりのデート。彼女が好きそうな雑貨屋に訪れれば、ご機嫌に店内を物色して回るA。
｢俺の家に置く気ならもう少しシンプルなのにしてよ。｣
｢えー、だって可愛いじゃんこれ。｣
｢確かに可愛いけどさ、｣
いつの間にか俺の家にはAの私物が増え、ただでさえ柄でもないファンシーなぬいぐるみ達に部屋の一角を占拠されているんだ。別に私物を置かれるの嫌ではないし、むしろ嬉しいくらいだがさすがに部屋の雰囲気は守りたい。
｢だって、｣
いつもそんなに我儘を言わない彼女が、ここまで粘るなんて珍しい。何か理由があるのか、とじっと顔を見つめれば恥ずかしそうに何かを呟く。
｢え？何？｣
｢航平とお揃いの何か欲しいの！｣
もういい歳だから恥ずかしいんだけど、としりすぼみになっていく声。そんな風に思っていたなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに。
｢そんな事なら早く言えばよかったのに。｣
｢航平お揃い嫌じゃないの？｣
｢嫌じゃないから早く選ぼ。｣
考えてみれば付き合って暫く経つのに、Aとお揃いなんて持ったこと無かったな。高校生の頃は、周りのカップルたちのように堂々と出来なくてひた隠しにしていたから尚更だ。
そうして買って帰ったのは、シンプルな模様が施された透明のグラス。
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