被食者にだけはなりたくない。

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この世は弱肉強食。
殺らなければ殺られる。喰われたくないなら頭を使え。被食者になど成り下がるな。

それが私、Aの矜恃である。










重たい体をのそのそと動かしてベッドから起き上がり、下着姿のまま水でも飲もうかとベッドから離れれば、鏡に映る自分の姿が目に入る。

『…私は女







……生物学的に、ね』



サラシを巻き、シャツのボタンをとめ、ベルトを通してウィッグを被る。上司が厳粛な人間であるため、着崩すなんて言語道断。きっちりとネクタイを締めて再び鏡を見つめれば、年頃の好青年が映っていた。

『…私は、男』

被食者になど絶対に成り下がらない。喰われる側にだなんて、死んでもならない。喰われる前に喰ってやる。

そんな事を今日もブツブツと呟いて、何度も自分は男であると暗示をかける。
時計を見てみれば、丁度自宅を出る時間。男物の革靴を履き、玄関の施錠も確認して、また一歩踏み出した。














『おはよう御座います、カルエゴさん』
カ「…ああ、おはよう」
『本日の集金は……3件ですね。今日は早く帰れそうですし、一杯どうですか?』
カ「気が向いたらな」
『っしゃ‼︎』

上司であり、恩師でもあるカルエゴさんの"気が向いたら"はOKということだ。…やった‼︎最近はあんまり飲めてなくって、1人でちびちび酒を啜る虚しさを感じてたから誰かと一緒に飲めるのは嬉しい。

小さく拳をぐっと動かしてガッツポーズをしていると、頭上からカルエゴさんの大きな手に頭をわしゃわしゃと撫でられた。

『ちょっと、朝セットしたのが台無しじゃないですか!…ウィッグ取れるかと思った……』
カ「鬱陶しいだけだろ、早く切れ」
『嫌です〜!いろんな髪型になれるし、ダメージも無いし、…あと、休日は違う格好してるし』

カ「……あまり女の格好でうろつくなよ、バレたら貴様が喰われるだけだ」
『わーかってますって〜!ジブン、これでも結構器用なんで〜!』

バシバシとカルエゴさんの肩を叩きながら笑っていると、軽くデコピンを食らってしまった。…ちょっと痛い。

額を擦りながらカルエゴさんの隣を歩いていると、何やら楽しそうな声が聞こえた。

「若頭(ボス)就任おめでと〜!!」

カ「…ﾁｯ」
『イルマ君ですかね？いいなぁ〜、パーティー楽しそう!!』
カ「……喧しい。さっさと集金行くぞ」
『了解で〜す』

呑気にそう返事し、新しい若頭(ボス)の就任を心の隅で祝いながら、賑やかな声が聞こえる部屋の前を通り過ぎた。

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