past.92 ページ49
side.A
「ねぇ、あれって」
ニノの声に顔を上げると見慣れた姿があった。しかし普段の優しいオーラを纏った彼からは考えられない表情ではあった。
声を上げたニノも困惑気味で、俺も松潤も戸惑ってしまった。そのまま俺たちの視線は風間ぽんへと流れた。
「……大野先輩」
「ぁ…」
思わずぎょっとしてしまう程に大ちゃんの目は真っ黒だった。
目だけでは無い。心も頭の中も何もかもが黒く塗り潰されたかのように大ちゃんは絶望という名の表情をしていた。
そっと視線を逸らせば『櫻井翔』の文字。
要するにここが翔ちゃんの病室。
ゆっくりとドアに手を伸ばす。俺にはそのドアがとてつもなく重く感じた。
「しょう、ちゃん…」
明るいとは言えない病室の中で酸素マスクのようなもので口元を覆われている翔ちゃんの姿があった。
足が竦んで病室に入る事は出来なかった。ドアを開けて翔ちゃんを見つめるだけで精一杯だった。
静かに病室のドアを閉めて大ちゃんが座るベンチの隣に腰掛ける。
「ね、大ちゃん。ごめんね…気付かなくて」
返事もない。視線すら合わない。
いつもの優しい大ちゃんの笑顔が脳内に浮かんでは涙で滲む。
翔ちゃん、翔ちゃん、
病院に着くまでは翔ちゃんの事ばかりが頭に浮かんでいた。もう心配で心配で。
でも今俺の目の前で苦しんでいるのは大ちゃんなんだ。だから少しでもその痛みを俺に分けてよ。
隣に居ることしか出来ないけど俺は大ちゃんの味方だから。
固く握っている大ちゃんの手を解すように重ねると、その手がピクリと動いた。
「大ちゃん」
「ごめ、まさき。翔くんのこと何にも知らなくて、俺、何にも知らなくて。ダメだ。翔くんのこと助けたいのに。そばに居たいのに…俺、どうしたらいいのかな？」
「あ、相葉さん！」
もう言葉はなかった。
ただ感じて欲しかった。
力のままに大ちゃんを抱き締める。松潤と風間ぽんは俺の大胆すぎる行動にヒヤヒヤしたようで慌てて近寄って来た。
「大ちゃんは一人じゃないから！翔ちゃんもそう。俺たちが居るから。だから皆んなで翔ちゃんのこと知っていこうよ」
でも、俺は大ちゃんの、翔ちゃんの。全ての苦しみを知った訳ではなかった。何にも知らなかったんだ。
「そうだね。ありがとう雅紀」大ちゃんがそう言ってくれると考えていた俺は最低だ。
「…もう帰ってほしい」
「え？」
耳を劈くような大ちゃんの声。何を言われたのか理解出来ず情けない音が零れ落ちた。
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作者名：未翔
| 作成日時：2020年3月8日 20時
