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二宮の目には、はぐみの表情に強い怒りと微かな希望を見て取る。
はぐみが何を言って欲しいかは分かっていた。
「その遺体は実は他人のだったんだよ。はぐみさんの家族はいきているよ」という言葉。
しかし、期待に沿うことは出来ない。
「確かにはぐみさんの家族は死んだ。はぐみさんが見たのは間違いなく、家族の遺体だよ」
炎にあぶられた蝋のように、はぐみの表情がぐにゃりと歪んだ。
「私を……騙したんですね。騙して出てこさせて、コードの番号を訊き出すつもりなんですね」
怒りで飽和した声が浴びせかけられる。
二宮は首を左右に振った。
「ううん、違うよ。本当に、まだ家族はいるんだ」
「どこにいるっていうんですか！両親はもう亡くなっています。私にとって家族は夫と娘だけだったんです！二人が消えた時、私は全てを失ったんです！」
「その子はずっとはぐみさんと一緒にいるよ」
二宮が柔らかい声で言うと、はぐみは両拳を握りしめた。
「そんなスピリチュアルな説得なんて聞きたくありません！」
「勘違いしないでよ。魂がそばにいるなんて言うつもりはないって。ただ現実に、その子ははぐみさんと一緒にいるんだ」
二宮は左手の人差し指で、はぐみの腹部を指す。
「はぐみさんのお腹の中にね」
「お腹……」
はぐみは口を半開きにすると、ゆっくりと自分の体を見下ろす。
「君はうちのクリニックに来てから、ずっと体調が悪くて吐き気をおぼえていた。薬を出来るだけ飲もうとしなかった。アルコールを勧められても断っていた。そして、もともとは猫好きなのに、嵐丸を避けていた。そこから導き出せる答えは一つ。はぐみさん……君は妊娠しているんだよ」
「にん……しん」
はぐみは初めて聞く言葉のように、たどたどしくオウム返しする。
「そう、吐き気の原因はつわりだったんです。薬やアルコールを出来るだけ摂取しないのは、胎児に悪影響が出る可能性があるから。そして猫、特に野良猫はトキソプラズマという寄生虫を持っている事がある。感染している猫の糞中にいるその寄生虫に妊婦が感染すると、先天性トキソプラズマ症を起こして、胎児に障害が起こることがある。つまり、はぐみさんは無意識のうちに、胎児に危険が及ぶような行動を避けていたんですよ」
言葉を失っているはぐみの前で、二宮は話し続ける。
「あの日、君は妊娠に気付いたんだ……」
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作者名：未翔
| 作成日時：2023年8月9日 21時
