大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ6)

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第１章－１－ページ6

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「翔さん、そっちに行きました！
気を付けてください！」

街灯の光に照らされた狭い路地に、月山奈美の切羽詰まった声が響く。

櫻井が重心を落として身構えると、路地の奥から黒い影が猛スピードで迫ってきた。

今回のターゲットだ。

目の前まで迫った影は、甲高い奇声を発すると櫻井に躍りかかった。

鉤状の凶器がきらりと光る。
顔面に向かって凶器が繰り出される。

櫻井は上半身を反らして、その攻撃を間一髪でよけた。

医学生時代にはまり込み、プロのライセンスまで取った総合格闘技の経験が、無意識に体を動かしていた。

櫻井は抱きしめるように影の胴体に両手を回し、動きを封じようとする。

「捕まえた！捕まえました！」

「おっ、ナイス。そいつ凶暴だから、逃がさないように注意した方がいいですよ」

奈美とともに路地の奥から姿を現した小柄な男が、楽しそうに言う。

少年の面影を残す童顔と160センチに満たない単身痩躯のため、一見すると、高校生のように見えるが、その実、30歳を超えたれっきとした成人だ。

櫻井が勤める大野クリニックの精神科医、
二宮和也。

「分かってます！」

櫻井は、腕の中で暴れるターゲットを必死に抑え込もうとする。そのとき、ターゲットが再び凶器を振り上げた。

「危ない！」

大野クリニックの看護師である奈美が、悲鳴のような声をあげる。

前腕から脳天まで突き抜けた鋭い痛みに、
櫻井はうめき声を漏らした。

櫻井が怯んだ隙をついて、ターゲットは一際激しく暴れると、軟体動物のような動きで腕からすり抜け、一目散に逃げていった。

「何やってるんですか」

駆け寄った二宮が呆れ声を出す。

「翔さん、大丈夫ですか？傷は？」
「ああ、大丈夫」

櫻井は痛みが走った腕に視線を落とす。凶器によって切り付けられた傷から、うっすらと血が滲んでいた。

「血が出ているじゃないですか。早く治療しないと」

奈美はジーンズのポケットからハンカチを出し、櫻井の傷口に当てる。

「それより、さっさとあいつを追おうよ。苦労して追い詰めたのに、ここで逃したら苦労が水の泡ですよ。ねえ、潤くん」

二宮は振り返ると、緩慢な足取りで歩いてきた、細身で長身の男に声をかける。

大野クリニックの内科医、松本潤だ。

「……もう遅い。あのスピードだ、
今から追っても間に合わない」

目元を隠すほどに伸びた長髪と、野暮ったい黒縁のメガネの奥から櫻井を見ながら、松本は抑揚のない声で言う。