大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ5)

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「ピー子です。
ピー子が警備員室に残っています！」

４ヶ月前、警備員室の窓から飛び込んできた怪我をしたインコを、信二が動物病院に連れて行って治療してもらった。

以来、『ピー子』と名付けられたそのインコはマスコットとして警備員室で飼われ、いまではケージの扉を開けると手に乗るほどに懐いている。

「仕方がねえだろ。あんな鳥、あきらめろ」

吐き捨てるように言う猪原の前で、信二は腕時計に視線を落とす。午前零時まではあと３分ほど時間があった。

「すぐ戻ってきます！」

信二はアスファルトを蹴って走り出した。背後から猪原の叫び声が聞こえてくるが、無視してビルに向かう。

裏口からビル内に入り、すぐ脇にある警備員室の扉を開ける。奥にあるテーブルの上に、ピー子のケージがあった。

部屋を横切りテーブルに近づいた信二は、
ケージを胸の前で抱えるように持つ。

出口に向かって走り出した時、焦りが足を縺れさせた。体が前のめりに倒れていく。ケージを抱えているので、手をつくことができなかった。

床に強く打ち付けた右肩に痛みが走り、ケージが放り出された。衝撃で扉が開き、ピー子が外へと飛び出す。

甲高い声で鳴きながらピー子は部屋中を飛び回りはじめた。

「落ち着け！早くケージに戻れって！」

肩を押さえながら信二が叫ぶが、インコは激しく羽音を立てながら、部屋の隅から隅へと逃げ回る。

信二は顔を引きつらせながら腕時計を見る。
零時まであと１分を切っていた。

どうすればいいんだ？

絶望する信二の目が、すぐ傍にある窓をとらえる。信二は窓に駆け寄ると、それを全開にした。

「逃げろ！」と信二は叫ぶ。

ピー子は理解したかのように、一直線に窓に向かうと、外に飛び出した。

ピー子が部屋から出たのを確認した信二は、
転げるように控室から出た。

裏口から外に出ると、さっき隠れていたビルの陰にいる猪原が、なにか叫びながら大きく手招きをしているのが見えた。

そのとき、信二は背後から突き飛ばされた。

何が起こったのか分からなかった。
何も聞こえず、何も感じなかった。

ただ、空が見えた。
夕焼けのようにオレンジ色に染まっている。

信二は自分が
仰向けに倒れていることに気づく。

なんで、オレンジ色？

見慣れたビルの最上階から黄色い炎があふれ
出していた。

……ああ、あれ本当に爆弾だったのか。

信二は目を閉じる。

瞼の裏に、小首を傾げる緑色のインコの姿が浮かんだ。