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「あれを見ろ」
猪原がシンクの下を指さす。
排水管の陰になって見えにくいが、そこに
箱が置かれていた。
縦横40センチ、
高さ15センチほどの直方体の黒い箱。
信二は目尻が裂けそうなほど目を見開く。
その箱の上面には小さな液晶板がはめ込まれ
赤い数字が浮き出していた。
5：42、5:41、5:40……。
液晶板に表示される数字が減っていく。
「これって、もしかして……」
「ああ、……きっとこれが爆弾だ」
猪原がかすれ声で言った。
「どうするんですか⁈
これ、どうするんですか⁈」
信二が声を裏返すが、猪原は分厚い唇を歪め
るだけで何も答えなかった。
「そもそも、本当にこれ爆弾なんですか？やっぱり、単なるいたずらかも……」
混乱したまま、信二は箱に向かって手を伸ばそうとする。横から突き出された手が、信二の手首を鷲掴みにした。
「馬鹿野郎！爆発するぞ！」
唾を飛ばしながら猪原が怒鳴る。
信二は体を強張らせた。
「す、すみません。それじゃあ、警察に電話して、爆弾処理班を……」
「そんなの間に合うわけねえだろ！後５分しかねえんだ。俺達も逃げるんだよ」
給湯室から「来い！」と信二を引っ張り出した猪原は、腹の脂肪を揺らしながら廊下を走っていく。
信二も「ま、待って……」とその後について走っていった。
廊下を走り、二人はエレベーターに乗り込んだ。猪原は『閉』のボタンを苛立たし気に何度も押し続ける。
緩慢な動きで扉が閉まり、エレベーターが
下降していく。
「大丈夫だ。あと４分以上はある。
十分に避難できるはずだ」
猪原が肩に手を置いてくる。
信二は息を乱しつつ頷いた。
いつも威張り散らし、面倒な仕事を押し付ける猪原を毛嫌いしていた。
しかし、いまは頼もしく見える。
エレベーターが１階に着くと、信二と猪原は
走って裏口に向かう。
警備員控室の前を通り過ぎ、扉を開いて外に出た二人は、ビルから走って離れていった。
深夜零時前、周囲にはほとんど人通りがなかった。茅場町ビジネスパレスから50メートルほど距離をとり、他のビルの陰に入ったところで、猪原は大きく息を吐いた。
「これくらい離れれば大丈夫だろう。ここで零時まで待つぞ。俺は警察に通報する」
猪原は制服のポケットからスマートフォンを取り出した。頷いて安堵の息を吐いた瞬間、信二の脳裏に緑色の小鳥がよぎった。
「ピー子！」
「な？どうしたんだよ？」
猪原が訝しげに訊ねてくる。
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作者名：未翔
| 作成日時：2021年11月9日 16時
