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「先走っちゃだめだよ、翔ちゃん。いま確かなのは赤羽さんが記憶喪失を起こしている俺達の患者だっていう事。それ以外のことは、まだ何も分かっていないんだから」
諭すように言われた櫻井は、もぐもぐとトーストを咀嚼しながら頷いた。
「ちなみにその赤羽さん、まだ眠っているのかな？」
「あっ、さっき目を覚ましましたよ。今は和也さんと話しています」
雅紀がつぶやくと、いつの間にかすぐ脇に来ていた奈美が声をあげた。
奈美は「失礼しますね」と櫻井の隣に腰をかける。
「あの猫は？」
窓際に少しずれながら、櫻井はきょろきょろとあたりを見回す。
目の前で露骨な敵意を示されるのも嬉しくないが、姿が見えないなら見えないで、不意打ちされる気がして落ち着かなかった。
「嵐丸ならカウンターの上で丸くなってますよ」
奈美の答えに、櫻井は小さく安堵の息を吐く。
「奈美ちゃん達が一晩中、赤羽さんを見ていたの？」
雅紀が訊ねた。
「いえ、私は今日の手術の機械出しがあるから、雅紀さん達が帰ったあと自分の部屋で眠らせてもらいました。智さんと和也さんが、何かあった時のために、病室の外で待機していたみたいです」
「へー大ちゃんはともかく、にのちゃんがねぇ。それで赤羽さんは目を覚ました後、爆弾のことについては何か言っていた？」
「いえ、やっぱりまだ混乱しているみたいで『爆弾』って言ったことは覚えていましたけど、なんでそんなことを言ったかは分からないみたいです」
「そっかー記憶が戻ったわけじゃないのか。なかなか一筋縄じゃいかないねぇ。あ、そうだ。話変わるけどさ」
雅紀の顔にいやらしい笑みが浮かんだ。
「にのちゃんって、間違いなく赤羽さんのこと気になってるよね」
「え、和也さんがですか？」
奈美はぱっちりとした目をしばたたかせる。
「絶対そうだよ。昨日のにのちゃんの態度見て、俺すぐわかったもん。きっとああいう儚げなお姉さまタイプが好みなんだよ。じゃなきゃ、あのにのちゃんが、徹夜で様子を見たりするわけないじゃんか」
「本当に分かるんですか？二宮先生じゃあるまいし」
櫻井は思わず疑問を挟む。
「わかるよ。俺、色恋沙汰に関してはにのちゃん並みに勘が働くんだから。ねえ、翔ちゃん」
奈美に一目ぼれしたことを簡単に見破られたことがある櫻井は、慌ててコーヒーを飲んで誤魔化す。
「ん？どういうことですか？」
不思議そうに小首を傾げる奈美に、櫻井は「気にしないで」と手を振った。
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作者名：未翔
| 作成日時：2021年11月9日 16時
