第１章−４− ページ25
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午前8時過ぎ、喫茶 梓のドアを開けると、
取り付けられた風鈴が涼やかな音を奏でた。
「おはようございます」
櫻井が欠伸を噛み殺しながら挨拶をすると、「にゃああ！」という鳴き声が返ってきた。
店の奥から茶色の毛玉が弾丸のように飛んできて、櫻井の足首に飛びつく。
「いてっ、こら、やめろ！痛いって！」
ズボンの上から爪を突き立てられ、
櫻井は声を上げる。
しかし、脛にしがみついた猫は、放すどころか噛み付いてくる始末だ。
「嵐丸、ダメでしょ」
小走りでやってきた奈美が猫の両脇に手を差し込んだ。
途端に猫は急に全身の力を抜いて、なされるがままになる。
「ごめんなさい、翔さん。大丈夫ですか？」
「もちろん、なんてことないよ。
気にしないで」
奈美に上目遣いに謝られ、櫻井は反射的に笑顔を浮かべる。
しかし、足首にはずきずきと痛みが走っていた。
もしかしたら、ズボンの下では滲んでいるかもしれない。
気のせいか、昨日引っ掻かれた腕の傷まで痛みだした気がする。
「それで、『嵐丸』ってなに？」
「あっ、この子の名前です。朝、飼い主の山下さんに国際電話で、この子を保護したことを伝えて、名前を教えてもらったんです。ねっ、嵐丸」
奈美が声を掛けると、嵐丸は返事でもするように「んなー」と鳴いた。
「なんか、やけに立派な名前だな。けど本当に、昼間はこの喫茶店に置いておくんだ」
昨日はマスターが連れて帰ったが、朝になって一緒にこの店に連れてきたらしい。
奈美に両脇を持たれている嵐丸に、櫻井は顔を近づける。
すると、それまで全身脱力していた嵐丸は、「シャー！」と威嚇の声を上げて四肢をばたつかせ始めた。
「あ、嵐丸、大人しくしなさい。あっ?!」
奈美の腕から逃れ、床に軽やかに着地した嵐丸は、櫻井の足に一発猫パンチをくらわすと、店の奥に向かって一目散に逃げ出していった。
「嵐丸、待って！」
嵐丸を追いかけていく奈美の背中を眺めながら、櫻井はため息をつく。
なんでここまで嫌われるのだろう。
毎朝ここでモーニングを頼んで、奈美と話すのが憩いの時間だったのに、あの猫のせいで台無しだ。
「嫌われてるねぇ、翔ちゃん」
笑い声が聞こえる。
見ると、窓際のボックス席で、雅紀が皮肉っぽい笑みを浮かべながら手招きしていた。
櫻井はカウンター内にいるマスターにモーニングセットを頼むと、雅紀の対面の席に腰掛けた。
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作者名：未翔
| 作成日時：2021年11月9日 16時
