大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ43)

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ここまで来れば大丈夫だろう。

櫻井がそう思ったとき、すぐ前を歩く松本が小声でつぶやいた。

「……尾けられているな」
「えっ？」

櫻井が反射的に振り返ろうとすると、松本から「見るな！」と小さいながら鋭い声が飛ぶ。

「……振り返ったら気づいていることがバレる。……カーブミラーで確認するんだ」

ちょうど次の十字路に差し掛かっていた。

櫻井は目だけを動かしてカーブミラーに視線を向ける。

松本の言う通り、かなり離れて男が2人ついてきていた。

恐らく30歳前後だろう。

スーツを着ているが、その目付きは外回りをしているサラリーマンにしては鋭すぎた。

「間違いないんですか、潤くん？」

二宮が緊張した口調で訊ねる。

二宮に手を引かれている赤羽の表情も強ばっていた。

「……ああ、間違いない。野次馬の2人だ。俺たちが通過したらそのままついてきた」

正面を向いたまま、松本は平板な口調で言う。

「刑事ですか？」

櫻井は乾燥した唇を舐める。

「……かもな」

刑事に尾けられているとしたら最悪だ。

きっと赤羽は確保されるだろうし、下手をすれば自分たちまで爆弾事件の容疑者にされてしまうかもしれない。

どうするべきか櫻井が迷っていると、松本がジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、どこかに電話しだした。

「……次の十字路を右に曲がったら、全員全速力ねまっすぐ走れ。約200メートルだ」

通話を終えた松本が言うと、二宮が「了解」と頷いた。

櫻井は口をつきかけた質問を飲み込む。

自分りもはるか前から、松本と二宮は大野クリニックに勤め、何度も修羅場をくぐってきている。

いまは2人を信頼するしかなかった。

緊張感が高まっていく。
櫻井は唾を飲み下した。

十字路に差し掛かった松本はゆっくりと右に折れる。

二宮と赤羽がそれに続いた。

最後に櫻井が十字路を曲がり、背後の男たちから死角になる位置まで来た。

松本が「走れ！」と声を上げる。

櫻井は体を前傾させると一気に走り出した。

松本も普段の緩慢な動きとは対照的に、細長い手足をダイナミックに動かして加速していく。

走りながら櫻井は路地の奥に視線を向ける。

200メートルほど先で路地が途切れ、片側三車線の大通りにぶつかっていた。

きっとあそこまで走れということなのだろう。

路地を半分ほも走った時、背後から「待てっ！」という怒声が聞こえた。

振り返ると、
男たちが走って追いかけてきていた。