大野クリニックで祝杯を２【ARS】 (ページ49)

今日:8 hit、昨日:2 hit、合計:156,402 hit

__ ページ49

・

「けどあの男、雅紀さんのことを女刑事だと
信じ込んでいましたね」

櫻井は少し雰囲気を軽くしようと
話題を変える。

雅紀は得意げに胸をそらした。

「そりゃそうだよ。昔、劇団員やっていた
からね。あれくらいの演技はお手のもの」

「劇団員だったんですか？」

「そう。かなりの演技派だったんだよ。あと
演技だけじゃなくて声帯模写とかも得意」

「声帯模写？」

『他人の声色を真似る技術。
こんな感じでね』

突然、雅紀は普段と違う声で話し始める。
その声は櫻井が聞き慣れたものだった。

「いまの声ってもしかして……」

櫻井は口を半開きにする。

「そう、翔ちゃんの声だよ。
どう？目の前で自分の声を出されるの」

「どうって……、なんというか、
気持ち悪いというか……」

「人の声色だけじゃなくて、色々な音も真似
できるんだよ。例えば救急車のサイレン音
とか。やってあげようか」

「……けっこうです。
凄いのは十分に分かりましたから」

「なんだよ、ノリが悪いなぁ。まあ、そんな
感じで演技ならお手のもの。この前だって
なかなかのもんだったでしょ」

「この前ってなんのことです？」

「川奈雄太の友達を誘惑して連れてきた時の
ことよ。あのね、反応を見ながら、相手を
どうやったら興奮させられるか見極めて、
そのうえでその演技をしているんだ」

「本当ですかぁ？」

櫻井の口調に疑念が混じる。

雅紀は目を細めると、櫻井のあごにすっと
指を添わせる。

それだけで櫻井の首筋に妖しい震えが
走った。

「翔ちゃんで試してあげようか」
「え、遠慮します！」

櫻井は身をこわばらせる。

「あれ、遠慮しなくていいんだよ。翔ちゃん
の好みのタイプなら分かっているから、理想
の女の子演じてあげるよ。翔ちゃんはスレン
ダーな子が好みだから、ナチュラルメークで
ちょっと清純派っぽくかな。あ、けど実は、
さばさばした姉さん肌も好きでしょ」

櫻井の頭に奈美と聡子の顔が浮かぶ。

「な、なに言っているんですか?!さっさと
住吉美寿々を捜しにいきましょうよ」

「あれ、照れちゃって」

櫻井が足を早めると、
雅紀はケラケラ笑いながらついてきた。

数十秒歩いたところで櫻井は足を止める。

「ん、どうしたの翔ちゃん？」

首をひねる雅紀の横で、櫻井は
正面を指さす。

数十メートル先、車道を挟んで反対の歩道に
ゆったりしたワンピースを着た女性が、エコ
バッグを片手に歩いていた。