大野クリニックで祝杯を２【ARS】 (ページ19)

今日:6 hit、昨日:2 hit、合計:156,400 hit

__ ページ19

・

歯を食いしばって覚悟を決めた櫻井は、再び
座席に背中を押し付けられる。

これまでの人生で味わったことのない加速に
体が硬直する。

「な、なんで、
こんなにスピードがでるわけ？」

「あっ、この車、私が改造しているんです。
エンジンをスタンダードのものとは比べもの
にならないくらいパワーのあるものに交換
して、さらに……」

櫻井が息も絶え絶えに声を絞り出すと
奈美は嬉々としてこの車にどんな改造を
施したのか説明していった。

この子だけは、大野クリニックで唯一
まともな人間だと思っていたのに……。

櫻井がショックを受けているうちに
みるみるとバンが近づいてくる。

バンは大通りの交差点を左折した。

奈美はほとんど減速することなく交差点に
突っ込むと、勢いよくハンドルを切りながら
ブレーキを踏む。

ミニは後部を大きく振り、ドリフトしながら
方向を転換すると、再び凄まじい加速で
走りはじめた。

追われていることに気づいたのか、バンが
スピードを上げる。

しかし、軽い車体に改造エンジンを積んだ
ミニは、すぐにバンのすぐ背後に
ぴたりとついた。

２台の車は、港沿いの深夜の車道を
猛スピードで走り抜けていく。

奈美はミニをバンの横につけ、
併走させはじめた。

「これからどうするの？」

櫻井はシートベルトを両手で握りながら
訊ねる。

「そのバンを停めます」

奈美は即答した。

「停めるってどうやって？」

スピードこそミニの方が勝っているが、
質量では明らかにバンの方が上だ。

強引に停めるのは簡単なことではない。

「それはいまから考えます」
「いまから考えるって……」

櫻井が唖然としていると、バンの助手席の
窓が開いた。

「危ない！」

櫻井が目を剥きながら声を張り上げる。

マスク姿の男が、拳銃を持った手を窓から
伸ばしていた。

その銃口は奈美を狙っている。

離れるんだ！

櫻井がそう叫ぼうとした瞬間、奈美は
思い切りハンドルを切った。

あろうことか、バンの方に向かって。

ミニの車体が勢いよくバンにぶつかり、
２台の車ははじき飛ばされるように離れる。

車体の軽いミニは大きくはじかれるが、
予想外のことにハンドル操作を誤ったのか
バンも一瞬タイヤが浮くほどにバランスを
崩した。

助手席の男の手から拳銃が落ちる。

「なんてことを?!」

櫻井は両手でシートベルトを掴みながら
声を荒げる。

「大丈夫です。修理代金は智さんに
請求しますから」

奈美は軽い口調で言った。