大野クリニックで祝杯を２【ARS】 (ページ18)

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バンが出てからかなり経っている。

それに、こんな小さな車で、しかも運転する
のは若い女性だ。

あれほど猛スピードで逃げていった車に
追いつくわけ……。

「舌、噛まないように気をつけて下さい」

奈美が押し殺した声でつぶやいた。

ギアに添えられた奈美の小さな手が
流れるように動く。

次の瞬間、櫻井の体は背もたれに
叩きつけられた。

何が起きているのか状況を理解できない
うちに今度は横から強いGがかかり、
櫻井は大きく体を振られ、サイドグラスに
頭をぶつける。

「しっかりシートベルトをして！
怪我しますよ！」

奈美のセリフを聞いて、櫻井は慌てて
シートベルトを締める。

スロープを上りきったミニは、軽くバウンド
しながらマンションの外へと飛び出すと、
横滑りしながら停車した。

甲高いブレーキ音が車内にまで響き渡る。

櫻井の脳裏に、数時間前に港で
キャンピングカーが横滑りしながら目の前に
停車した光景が蘇る。

あのときはベストな位置に停車できたのだと
思っていた。

しかし、いまのドリフトを見るに、あれも
狙ってやったのかもしれない。

もしそうだとしたら、とんでもない
ドライビングテクニックだ。

「……いた」

奈美が背後を振り返りながら
低く籠もった声でつぶやく。

振り返ると、バックグラスの奥、
数百メートル先にバンが見えた。

「な、奈美さん。あの、安全運転で……」

奈美の顔に妖しい笑みが浮かんでいることに
気づき、櫻井は表情を引きつらせる。

「なに言っているんですか、安全運転なんか
していたら追いつけませんよ」

奈美は心から楽しげに言うと、再び滑るよう
にギアを操作し、アクセルを踏み込んだ。

ミニが小動物のように素早い動きで
反転する。

櫻井は凄まじい速度で横に流れていく景色に
身を強ばらせた。

ミニを180度回転させた奈美は、あごを軽く
引いてバンを睨みつける。

「絶対逃がさない……」

危険な笑みを浮かべたまま低い声でつぶやく
奈美を見て、櫻井の背筋が冷えていく。

ハンドルを握らせると性格が変わる人間とい
うのは少なくないが、奈美の場合、性格とい
うより人格が根本から変わっている。

いつも相葉や二宮がしきりに「安全運転を」
と奈美に念を押していた理由が分かる。

この子、完全なスピード狂だ。

助手席に乗り込んでしまったことを後悔する
が、もはや遅かった。

いまさら降りるわけにもいかない。