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『…あほらし』
涙を ぬぐい
その場に すわりこむと、
「ただいま、伊野尾」
いとしい 旦那さまの姿。
しかし、
「伊野尾！？」
俺が泣いていることに 気づくと
あわてて しゃがみこみ、
ぎゅっ
俺を 抱きしめた。
「なにか あったのか？」
『ごめ、なんでもない…』
「でも…」
不安に揺れる 薮の声。
あぁ…きっと、死ぬほど おびえているんだろうな。
その気持ちが 痛いほどわかりすぎて、
『ふふ…』
笑えてしまう。
「伊野尾…」
『ねぇ、やぶ。俺、ここで暮らしたい』
「え？」
『男２人で暮らすのには すっごく狭いけど、
やぶに はじめて手料理を作った この部屋で、
はじめて 抱きあった この部屋で、
はじめて ケンカした この部屋で、
やぶに "結婚する" って告げられて、
"あの女 抱く" って告げられて、
"離婚する" って告げられて、
"一生、一緒にいてください" って告げられて、
うれしいも、かなしいも、くるしいも、いとしいも、たくさんつまった この部屋で、
ふたりで、いたい』
ふたりで。
ずっと、ふたりで。
「そうだな…」
薮は 天を仰ぎながら つぶやくと、
そっと 俺のほほに 手をのばした。
「この狭い部屋なら 逃げ場がないからな。ケンカしても、すぐ 伊野尾のこと捕まえられる」
『やぶ…』
「ふたりでいよう。この部屋で」
『うん…』
耳に やさしくひびく 低い声。
ほほに つたわる あたたかいぬくもり。
この瞳にうつる いとしい人。
あぁ…しあわせ。
そう想った瞬間、
ぽろり
涙が こぼれ落ち、
その涙は
薮の手をも 濡らしていった。
まるで、道連れと 言わんばかりに。
しかし 薮は
気にするどころか
うれしそうに ほほえんでいて、
「いっしょだから、ずっと」
そう つぶやくと
俺の胸を こつん、と たたいた。
カラン
胸の中で鳴った 音は、
とても しあわせに充ちた音だった。
fin
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作者名：本田
| 作成日時：2017年10月9日 1時
