No.1 ページ1
入学してから早いもので
１ヶ月が経ったころ、
名前を覚えるのが苦手な私も
だいぶ緊張が薄れてきた。
「……A」
「わっ」
急に呼びかけられて、少し
体が跳ねた。
「……あ、湊ちゃん」
「ぼうっとしてたけど、
大丈夫？ 魂抜けてる
みたいだったよ」
加藤 湊ちゃんは続ける。
「いつもそうだけど」
「………」
すねた顔を向ければ
素知らぬふりで返される。
「なに見てたの？」
「桜だよ。
もう花散っちゃってるけど」
「時期すぎたからね。
今年は早咲きだったから
入学式の辺りが
満開だった気がする」
「……そうだったね」
湊ちゃんの言葉に、私は
入学式に思いを馳せる。
「……思い出すなあ、入学式」
「A、がちがちに
緊張してたよね」
からかうように
湊ちゃんは笑う。
「うう……知り合い
いなかったから、
ここで作らないと
一人になっちゃうと思って
焦ってたの」
ほんとに、湊ちゃんが
声かけてくれてよかった。
「高校入った始めは誰でも
緊張するよね。
あ……でも、してなさそうな
やつもいたっけ」
そう言って、湊ちゃんは
私の右隣に目を向けた。
「ねえ渡辺！」
今度こそ、私は大袈裟に
肩を強張らせた。
他の男子と話していた
渡辺翔太は湊ちゃんの
声に振り返った。
「なに？ 加藤」
男子独特の低い声に
私は体を小さくする。
湊ちゃんと渡辺くんの
席は私の両隣だから
二人に挟まれた状態だ。
「渡辺って入学式のとき、全然
緊張してなかったよね」
楽しそうな湊ちゃんの
声が俯く私の頭の上を
通りすぎる。
「いや、知り合いばっか、
ここ入ってきたから
不安じゃなかったんだよ。
新しいやつらと仲良く
なれる自信あったし」
「お気楽な……」
「そっちが気負いすぎなん
だって。加藤も……
木ノ下さんも」
渡辺くんは気を使って
くれたのか、私に
笑いかけた。
―――私はどうしていいのか
分からず、立ち上がる。
ただただ体が震えるのが
分かった。
「ごめん！ ………私
トイレ行ってくるね」
そう言い捨て、
びっくりしたような二人を
置き去りにした。
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作者名：いちご | 作成日時：2020年2月6日 7時
