狭間に生きるモノたち肆【ars 妖怪】 (ページ7)

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白い手が私の頬に触れた。
それだけなのに、体が動かせなくなった。

頭がぼんやりして上手く考えられない。

目の前に誰かが立ってる。
だけど、顔が暗くてよく見えない。

“ねえ、俺をみて”

少し低くて、甘い声が頭に響いた。
聞いたことがある声だった。

『見てはなりません。
その者は私と貴女の仲を裂こうとしています』

鈴の音がなるような可愛い声が頭に響いた。
そしたら、瞼が自然と落ちてきた。

…この声は人魚さん？
人魚さんの言うことは、守らなきゃ。

真っ暗な世界に、人魚さんの顔が浮かぶ。

“俺を見てよ”

悲しげな声が聞こえた。

この声、すごく、好きだけど、私は、見れない。
人魚さんの、言うこと、きかなきゃ。
喜ばせなきゃ…

“見てくんないなら”と、声は言う。

顔のすぐ側で気配がした。

『その手を払い、私を逃がしてください！』って
人魚さんが叫ぶけど、私は少しも動けない。

誰かの吐息が目元にかかる。
それはまるで魔法みたいに、閉じたまま動かすことが出来なかった私の瞼を、ゆっくり開かせた。

憂いをおびた大きな瞳。
白くきめ細やかな肌。

どこか見覚えのあるような綺麗な人が
優しく微笑む。その表情に、身体が脈をうつ。

柔らかく、こちらを誘う紅い唇がゆっくり動く。

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唇に触れた冷たいもの。

私は、何が唇に触れたのか分からなくて
でも目の前の、人が、翔が。私に微笑みかける。

翔｢おはよ｣

いいいま。き、き、す…

顔がどんどん熱くなってきた
何が起きたのか聞きたいのに、声がうまく出ない！

翔｢術は解けた？でも、人魚に誘惑されたら
なかなか根強いって聞くし。もっかいしとく？｣

こてっと可愛く顔を傾ける翔。
なんでか私は唇に目がいった。
さっきのあの、柔らかい感触が勝手に蘇る。

｢っ…むり！｣

翔｢そこまで拒否んなくてよくね？傷つくわ～｣

眉を八の字にして、翔が笑う。

翔｢ごめんごめん。人魚の強力な術破るには
本気出さなきゃ流石に太刀打ち出来なくて｣

｢ほ、ほんき…？｣

翔｢雪女の伝説知らない？
口吸いで人間の生気を奪うんだけどさ、1番自分の妖力を相手に注ぎやすい方法でもあるんだよね｣

翔の妖力を注いで人魚さんの妖力に上書きする。
それで私は術から解かれた、というわけらしい。

あのあとすぐに雅紀と智がやってきて、
翔は｢俺もう限界だから｣とか言って一人ふらふら
しながら家に帰って行った。