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「お…、邪魔しまぁーす」
「はいどうぞ」
Aの部屋は、一人暮らしには最適な空間だった。
物は少なく、必要最低限という感じだ。だが机には広がったノートが幾つも放置されており、消しゴムのカスも多かった。
「いやぁ…小説の構成とかしてたら片付けるの億劫になっちゃって」
「俺もわかるわそれ」
だが床までも埋まる程酷くはないのでマシである。葛葉は掃除しようと心のなかでこっそり誓った。
「こっち」
案内された先は、大きな押入れだった。
布団もきっちり畳まれているので寝具ではなさそうだ。
押し入れの襖に手をかけるAの表情を見て、察してしまった。
ここに、全てがあるのだ。Aに遺された全てが。
「大丈夫か?」
「……うん」
今、必死に勇気を絞って、発言するよりも何十倍の勇気を出しているのだ。
自分がその場に居て欲しかった。
Aの新たな”家族”になった葛葉は、Aの震える手に、己の手を添える。
「葛葉…」
「でーじょうぶ」
これくらいしか声をかけられない。
これほどの言葉でしか背を押してやれない。
葛葉は不甲斐ないなんて思っていなかった。
Aに尊敬していた。
「……うん」
明るい返事が聞こえて、Aの手に力が戻ったのが分かった。
***
泣いた跡を顔に貼り付けて、Aはスヤスヤと眠りこけていた。
山積みになった本達に囲まれ、どこか幸せな風貌だった。
「よく頑張ったな」
泣いていたAを抱きしめて、ずっとそう呟いていた。
何千回も繰り返したのにまだ言い足りないのか。葛葉は少し笑った。
悲しみなんて乗り越えられるはずがない。自分の中で少しずつ潰して、まるめて、仕舞うものだ。
辛い経験なんて吐き捨てるほどにやってきた。
潰えた簡単な命を沢山見てきた。
それなのに、もっと近くで寄り添いたいと思えた。
涙の跡があるのに幸せそうな寝顔を見ながら、葛葉は小さくため息をついた。
この無垢な子を、誰にも渡したくない。
永遠とはいかないけれど、ずっと自分の傍にいてもらいたい。
悲しくて泣いている時も、嬉しくて笑っている時も。
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あ(プロフ) - うさ公さん» お返事遅くなりすみません!暖かいお言葉ありがとうございます!続編も楽しみにして頂けると幸いです。 (2022年5月21日 22時) (レス) id: ae6a97f231 (このIDを非表示/違反報告)
うさ公(プロフ) - 作品の雰囲気がすごく素敵でした…ぜひ次の作品も楽しみにしています!!! (2022年4月13日 23時) (レス) @page50 id: 0335d724cc (このIDを非表示/違反報告)
あ(プロフ) - 古葉優さん» わああありがとう!供給ざくざく…とはいかないけれど古葉さんと好み一緒で良かった!コメントありがとうございます! (2021年11月22日 20時) (レス) @page43 id: a02ef8a524 (このIDを非表示/違反報告)
古葉優(プロフ) - めっちゃ伸びてるねぇ!番外編需要しかないからもっとあげてくだちい (2021年11月22日 17時) (レス) id: e17acf9343 (このIDを非表示/違反報告)
えの(プロフ) - さとうさん» さとう様、コメントありがとうございます!そう言って頂きすごく嬉しいです!もう少々続きますので、お付き合い頂ければ幸いです。 (2021年8月10日 16時) (レス) id: 8daf7b0f5b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:えの | 作成日時:2021年5月17日 19時