・ ページ22
side MARK
イェリの魂胆、というのはわかりやすくてあきらかに俺とヌナを二人っきりにさせようとしているのが見え透いていた。ヌナは気付いてないけれどその場にいた何人かはその意図がわかっているようで、俺を見ては上がった口角を隠しきれないでいるようだった。ここ最近ヌナはサークルには来ておらず話すのは本当に久しぶりだった。たまにキャンパスで見かけてはいたけれどいつも忙しそうにしていたから。だからすぐ触れられる距離にヌナがいるとどうしようもない気持ちが溢れそうになる。
「一つ持つよ」
「大丈夫です」
「重いでしょ？」
会計を終えたヌナがビニール袋を受け取ると俺はそれを奪い取って出口へ向かう。するとヌナは俺が持つ二つのビニール袋のうち一つを取ろうとして言った。
「俺、男ですよ」
ヌナはいつも俺を子ども扱いする。確かに年下ではあるけれどヌナより身長も高いし体格だって悪くない。そもそも、このために俺は着いてきたのにヌナに一つでも持たせたらイェリに笑われる。
「ふふっ、ありがとう」
ヌナは目を細めて柔らかく笑った。そして俺の頭を柔らかく、二度跳ねるように触れた。一瞬の出来事だったけれど時が止まったような錯覚に陥った。あまりの柔らかな感触とその心地よさに思わず目を瞑ってその感覚をずっと味わっていたいほどだった。
全身が脈打ち、その頭の感触だけが鮮明に残る。
ヌナが俺を見つめる。いま、ヌナの瞳には俺しか映っていない。俺だけが映っている。そのままずっと映し出していてほしい。他の誰も見ないで欲しい。そんなことを言っても、ヌナはきっと本気にはしてくれず笑ってまともに相手にもしないだろう。
「………ヌナ、俺以外にしないでくださいね」
「えっ？」
両手が塞がった俺にヌナは傘を差してくれたけれど、俺は袋を片手に持ち替えてその傘を奪い取るとヌナの方に傘を傾けた。あの日はヌナが傘をくれて、俺とヌナはそれぞれの傘に入っていたのに。今はこうして二人肩を並べてひとつの傘を分け合っている。
人間の声が一番綺麗に聞こえるのは雨が降る傘の中だと誰かが言った。人間の声の音波が雨粒に反射して傘の中で共鳴するから、らしい。確かに傘の中はヌナの声がよく響いた。俺の名前がよく響いてずっと頭から離れなかった。
コンビニから体育館への道のりはとても短い。
だから俺はゆっくり歩いた。少しでも長くいられるように。肩が触れ合って、ヌナが俺の名前を呼ぶ。ただそれだけで良かった。だって俺にはこれがデートのようなものだったから。たった十分。一キロにも満たない、秘密のデート。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 798人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
nana(プロフ) - マーク派です🥲素敵な作品をありがとうございます！ (5月7日 2時) (
レス) @page37 id: 52c5480e12 (このIDを非表示/違反報告)
ruko(プロフ) - c128さん» とにかく丁寧に気持ちを表現してみようと書き始めた長い作品なのでそこを汲み取っていただけてとっても嬉しいです😭少しスランプ気味で更新が遅いですが必ず書きたいお話がシリーズ４にあるので頑張りたいと思います🙇🏻♀️ (5月6日 21時) (レス) id: 683ee61126 (このIDを非表示/違反報告)
ruko(プロフ) - 奈胡（元jen）さん» 想定ではシリーズ５まである予定です😂本当に、長い作品なのにここまでお付き合いいただけて嬉しいです🥲全ては色んなことに繋がっているので楽しみにお待ちいただければと思います！ (5月6日 21時) (レス) id: 683ee61126 (このIDを非表示/違反報告)
c128(プロフ) - 本当に言葉選び一つ一つが素敵で、主人公がジェヒョンを大事に思う気持ちが丁寧に痛いほど伝わってきます。ジェヒョン、主人公はあなたのことが大好きだからマクのこと心配しなくてもいいよと私たちみんなで伝えてあげたい！更新楽しみにしてます！ (5月4日 15時) (レス) id: d7b773ac82 (このIDを非表示/違反報告)
奈胡（元jen）(プロフ) - …シリーズ7くらいまでお願いしたいです……主人公ちゃんがこれからどうなるのか…まあすんなりはいかないよな…ああでも幸せに波風が立つのは困る…切なすぎるrukoさん！ (4月29日 8時) (レス) @page35 id: 8b083b7e19 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ruko | 作成日時：2024年3月24日 18時
