陽炎 (ページ10)

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「アサヒくん」
「…あ」
「今日もカメラ持ってきたの？」

高校3年生の春

学校から家までの道を遠回りするときに通る河川敷
そこに彼は時々現れる。

隣の高校に通う同い年。

少し内気っぽく、口数はあまり多い方じゃない。
写真を撮るのが好き。
大学には進学しない。

彼について知ってることはこれだけだった。

連絡先も持っていなければ、
彼の苗字さえ知らなかった

「今日は天気が良いから、夕陽を撮りにきたんだ」
「そっか。川に反射してて綺麗だね」

石段に座る彼の隣に私も腰かけた。
ふたりの間には、もどかしい距離が残っている。

うん、と声には出さず首だけで返事をするアサヒくん

手に持っていた重たそうなカメラを顔の前まで持ち上げて
小さなファインダーを覗く時、その綺麗な瞳を片方閉じる。

この表情を見れるのは、
私の特権だと思ってる。

瞬きのひとつもせず真剣な表情でその時にしか切り取れない景色、色、香り、感覚

アサヒくんはいつもこの全てを一枚に収めることに拘っていた。

「アサヒくん、それ、学校にも持ってってるの？」
「そうだよ」
「重たくない？教科書とかも入ってるだろうに」
「僕にはこれだけでいいんだ」

そう言って彼が見せてきたスクールバッグの中身は空っぽだった。

学校にもカメラ以外は何も持って行ってないんだ。

「いいなぁ、アサヒくん」
「…何が？」
「私、生まれ変わったらアサヒくんになりたい」

その言葉に反応はなかった。

でも私は、
自分のやりたいことを見つけて
それに打ち込んで

何にも囚われずに生きてるように見える彼が心底羨ましかった。

「私なんてさ、明るいとこだけが取り柄で、他には何も持ってないの。特別勉強ができるわけじゃないし将来やりたいこともないから、親が勧めてくれた大学を受験するんだよ。そんなとこで4年間過ごして得られるものなんてたかが知れてるのに」

学校での私は、ムードメーカーのような存在だとよく言われてきた。

自分も雰囲気を盛り上げたりするのは好きだし、
そうすることによって私の存在意義みたいなものが確立されていく気がしていた。

でも、私にはそれ以外なんにもなくて
空っぽで
何がしたいのか、どうなりたいのか

そういう意思も全くなくて。

だからこそ、ただぼーっと過ごしていく中で出会ったアサヒくんは

少しずつ私の中で
憧れの存在になっていった。