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..
「だから、…」
傘を手から離し、
少しずつアサヒくんの顔が近づいてくる。
私はそれを受け入れるように目を閉じた。
「っ、…」
ゆっくりと唇に柔らかいものが押し当てられた感覚がして、胸の奥が疼いた。
「僕と君が過ごした時間を忘れないでほしいんだ」
恥ずかしくも私のファーストキスだった。
.
.
あれは彼なりの、私への告白だったと思う。
そして私が彼に抱いてた"憧れ"の気持ちも、本当は恋心だったのだ。
その日以来彼は、
あの河川敷に姿を現すことはなくなった。
もしかしたら今日は来るかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて何度も足を運んだけれど、いくら待ってもアサヒくんが来ることはなかった。
そんな"アサヒ"くんのものだと思われる作品集が目の前に並んでいるのだ。
私はレジへそれを持っていき、買った冊子を あの河川敷で見ることにした。
..
懐かしく感じる石段に腰かけ、震える手で1ページ目をめくった。
彼の初の作品集「陽炎」。
目に入ってくる作品一つひとつが、あの頃の私を呼び起こす感覚。
彼がカメラを構える横顔、あの日の香り、彼と過ごした時間。
朝光くんが撮った写真たちは
あの頃彼に見せてもらったものより遥かに素敵で、けれどいい意味で変わっていないようにも感じた。
そして最後のページの写真に、私は目が釘付けになった。
見覚えのある景色、雨の日、抜け殻のスクールバッグ。
「一枚だけ撮りたいんだ」
そう言った彼の姿を鮮明に思い出す。
あの日、私たちが最後に会った日。
お互い高校3年生だったあの時のアサヒくんが撮った、すこし未熟に見える一枚の写真。
「…ぅ、っ」
不意に涙が溢れて止まらなくなる。
さらに"写真家・浜田朝光"の経歴が記されている部分には
"高校三年の夏、師匠の下で本格的に写真の勉強を始めるため単身で東京へ。"
とあった。
そうか、アサヒくんは、写真家になるためにこの街を離れたんだ。
そして最後
写真家としての朝光くんはこう語っていた。
"輝いていた青春の日々、気づけなかった恋心、大人になりきれなかった僕、人知れず悩んでいた君。
すべての人に、
すべての心に、この作品が届いてくれたらと思います。"
あの頃の"アサヒ"くん。
君が夢を叶えたこと、ちゃんと私にも届いたよ。
私も早く、夢を見つけよう。
そして立派な姿で
また朝光くんに出会いたい。
-fin.
終わり
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作者名：藍 | 作成日時：2023年11月1日 14時
