あなたのために (ページ3)

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「そんなもんなんじゃないの、あの人そんな感じするし」

電話の向こうから少し呆れたような口調のミンハオ君の声が聞こえる。「返信早い方？」という質問にイエスの返事をしてから連絡先を交換するまでの流れは容易だった。お互いに話し相手が欲しかったのだと思う、多分。

「ここまで何も変わらないと悲しいというか虚しいというか」

振られてから数時間しか経っていないという状況でジョンハン先輩のいるバスケ部でマネージャーをする、というのは中々つらいものだった。体育館の扉越しに見えたジョンハン先輩の姿に少しの気まずさを抱えながら部活の輪の中にこっそりと入れば「何コソコソしてんだよ～」とわしゃわしゃと頭を撫でられ、挙句ジュースを奢れと半強制的に一緒に帰らされた。

これが先輩の望む「今まで通り」なのだと思えば割り切れる気もしたが、たったの数時間で気持ちは消せず、私は「いつも通り」先輩に対して好きを膨らませてしまっていた。

「新しい人見つけるまで、先輩のこと吹っ切れないと思うけど」

ミンハオ君は聞かれたくない所、触れてほしくない所に御構い無しで踏み込んでくる。好きだった期間が長い分、忘れるための期間が長く必要であることは分かっていた。先輩以上に好きになれる人を見つければ、思い出に変えることが出来るのだということも。

「先輩より好きになれる人、いるかな」

「それは自分で見つけるんだよ」

「そうだね、見つけられるといいな」

夜の10時を回ったところで「おやすみ」の言葉を最後に電話を切り上げる。今日会ったばかりの彼と、緊張もせずに電話までした事は自分の中では大きな出来事だった。今まで電話をした異性といえば、父親とジョンハン先輩くらい。

また先輩の事を考えてしまった、と自分に喝を入れたものの、気持ちをぶつけた時にジョンハン先輩に言われた「仲の良い後輩」という言葉が胸に突っかかって少しだけ泣いてしまった。

「おやすみ」

「いい夢見なよ」

その時、ケータイ画面に表示された通知はミンハオ君から。絵文字もスタンプも無いシンプルな文章は彼そのもので、流れていた涙は小さな笑みに変わる。

「ありがとう、ミンハオ君もね」

「おやすみなさい」

1日の締めくくりにピッタリな綺麗な終わり方だ。想像していた未来の私は悲しさに溺れなが
ら疲れ果てて眠っていたが、ミンハオ君のおかげで少しだけ前向きになれた。

今日を笑顔で終われることに満足し、夢の中へと意識を預けた。