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Aが目の前の状況を飲み込めないなか、湊は堂々と落ちとしての役目を果たし、風舞高校は決勝トーナメント進出を決めたのだった。
愁「A、戻ろう。湊は戻ってきた。これでまた湊と弓が引ける。」
Aを見る愁の目には輝きが加わり、嬉しいという感情が伝わってくる。
『よかったね、愁。応援してるわ。』
愁「あぁ、精一杯やるさ。」
明日の決勝トーナメントで何かが変わる。
Aはそんな気がしていた。
県大会本戦二日目。
今日で全てが決まる。
団体戦の決勝トーナメントが行われ、桐先はここで全国大会への切符を勝ち取らなければならない。
顧「全国大会、期待している。」
顧問はいつも多くを語らない。
結果が全てであり、強豪校としてのプライドもある。
はじめに行われる女子団体戦。
Aもメンバーに入っているため、その他の先輩四人と準備を行う。
「五条さん。」
準備を終え控え室に入る直前、先頭を歩いていた先輩が振り返り声をかけてきた。
「私たちはあなたが落ちにいるから、安心してここまで弓を引くことができました。全国もこのメンバーで行きましょう。」
Aは目を丸くして驚く。
今まで団体戦は何度か参加してきたが、誰かに声をかけてもらえたことなどなかったからだ。
『そんなことを言われたのは初めてです。私はただ己と戦っているだけなので。でも...そう言っていただきありがとうございます。頑張りましょう!』
Aの言葉に前にいる四人は笑みを浮かべ、弽を拳のように突き出す。
そして弽同士を合わせると、彼女たちの右手はコツンと控えめな音を奏でた。
「女子団体戦決勝戦を行います。第一射場、桐先高校ーー。」
Aたちは決勝トーナメントを順調に勝ち進み、残すは決勝戦のみとなっていた。
千「なあ、愁。Aって外すこととかあるの?」
万「おい千兄、今それ聞くのか?」
Aがアナウンスと共に入場しているなか、応援席にいる千一は素朴な疑問を投げかける。
愁「あぁ。Aも中学のときや家で引いてるときは外したりしてる。」
愁はAが無我夢中で朝まで弓を引いてた、あの日を思い出す。
祖父の弓を使い、まるで祖父に問いかけるようにして引いていたA。
決して人前では見せることのない愁だけが知っている、彼女の顔。
愁「Aも俺も機械じゃないからね。外すことだってあるよ。」
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作者名:希子 | 作成日時:2023年2月16日 13時