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｢皆も騒いでたのかもしれないが、あの時周りがどうだったのか俺は覚えていない。物凄く衝撃を受けていて、何だこれは、こんな美味いものがこの世にあるのかって、そして｣
これが作れるようになりたい！ と思った。
｢………｣
Aは聞きながら｢もうその時点で違ったんだな｣と感じた。
どんなに美味しいケーキを食べても、それを作れるようになりたいとは思わない。
｢運命の日だった｣
海人が断言する。
｢俺の目指すべきものが、何のために生まれてきたかが、はっきりわかった瞬間だった｣
彼は堂々として一切迷いがなかった。
Aはただただすごいと思って、
｢そっか…凄いね｣
そのまま口にした。
｢凄いのは師匠のケーキだ｣
｢え？｣
｢そのバースデーケーキは、師匠が作ったものだったんだ。後で知ったんだけどな｣
Aは目を見開く。
｢…今弟子入りしてるのは偶然？｣
｢いや｣
首を振る。
｢中学の時にパティシエになるための進路を考えて、普通は専門学校を検討するんだろが、俺は『あのケーキを作った人に教えてもらうしかない』と思った｣
____しかない、って。
Aはかけ離れた発想を感じる。
｢それであのケーキは誰が作ったのかを聞き出し、捜しまくって、やっとあの店を見つけて…頼み込んで無理やり弟子にしてもらったんだ｣
言葉から熱量と行動力が滲み出てくる。
海人があの店で働いていることには、そんな縁があったのかと思いつつ、
｢青山さんのケーキってそんなに美味しいんだ｣
そういえばあの店のケーキをまだ食べていない。
海人が勿論だとばかりに頷く。誇らしそうに。
｢世界一のパティシエなった人だからな｣
｢…え？｣
｢師匠は世界的コンクールのチョコレート部門で優勝した人だ｣
｢…そうなの？｣
｢調べればすぐに出てくる｣
____そうだったんだ…。
それはぜひ食べなければ。
固く誓うAの視界の先で、あの白人女性が席を立ち、フランス人のウエイターに先導されてホールを歩く。
おそらく御手洗だろう。
しばらく追って視線を戻そうとした時____奇妙なものが目に留まる。
A達についていたほくろのセクシーなウエイターが、女性の後ろ姿を目で追っていた。
その表情が何だかおかしい。
余裕がない。ずっと纏っていた洗練された物腰が剥がれ、追い詰められた風に挙動不審になっている。
やがて意を決したように眼差しを強くし、動く。
女性の後を追った。
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作者名：にあ | 作成日時：2018年11月15日 16時
