18 ページ38
・
微かにフランス語が聞こえると思ったら、外国人のウエイターが、向かいの白人女性に向かって本の中身をメモに書き写しならが熱心に話しかけている。
何かを教えている風だ。あんなこともするんだと思った。
Aは不思議な感覚に包まれつつある。
｢あ、このフォアグラ美味しい……食べたことあるやつと違う｣
｢こっちのムースも美味いな｣
｢ほんとだ。美味しいね｣
そんなことを話し合いながら、しかしAは、料理の美味しさより自分達を包んでいるこの空間の質感に心を奪われていた。
ホールを颯爽と歩くウエイター達が、目が合えば優雅に微笑みかける。
店は開放感があって、外界と完全に隔絶されたふうではないのに、やはり外とは明確に違う空間。
薄い薄いレースがかかっているような、ぼんやりとした居心地の良さ。
｢こういう店は｣
海人が言う。
｢料理と同じかそれ以上にホスピタリティ……心地のいい時間と空間を提供することが大事なんだ｣
｢ホスピタリティかあ｣
｢ここに来る俺達客も、それを楽しみつつ、皆で協力して場を作る____ということなんだろう｣
Aは天井を見上げる。
言葉として聞こえるか聞こえないかのざわめきが吹き抜けの空間に心地よく響いている。
誰も見出す声を上げたりなどしない。皆で作る場所。
視線を戻すと、海人が料理を味わっていた。
そういえば彼も今日は酷いことを言ってこない。参加しているということだろうか。
｢……高橋くんは、どうしてパティシエを目指そうと思ったの？｣
だから、そんなことが自然と聞けた。
海人はこちらを見返し、少し眼差しを遠くする。
｢小学二年の時にクラスメイトの誕生日会に呼ばれたんだ｣
彼もまた、自然と語り始めた。
｢行ってみると金持ちの家で、すごく広くて、ダイニングがぴかぴかだった。俺も皆も圧倒された。テーブルにも見たこともないような豪華な料理が並んでいたが、俺は最初から、その真ん中にあるバースデーケーキがやたらと気になった｣
水を飲む。その瞳に、ちらりと光が宿る。
｢そりゃケーキは誰だって気にするだろうが、そういうレベルじゃなかった。プレゼントを渡したりゲームをしてる間もずっと気になっていて、それでやっと切られたケーキが配られて、食べた｣
海人がそこで言葉を切り、円い天井を仰ぐ。
｢…………とんでもなく美味かった｣
そう、声を洩らした。
・
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 34人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：にあ | 作成日時：2018年11月15日 16時
