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A、と繰り返された優しい音が、胸を打つ。
溢れそうになったものを堪えるべく、下唇をきつく噛んだ。
「お前にゃ本当、感謝してもしきれねェ」
そこで頭なんか撫でないで。
堪えきれなくなっちゃうよ。
「……この奇妙な状況を、何とかやり過ごせたンは全部………Aの、お陰だ」
ありがとう、と。
私の頭を何度も往復する、大きな手。
ぐ、と汚い音を立てて、溢れる嗚咽を飲み込んで。
『っ、まだっ………わかんない、じゃん……!』
午前0時を過ぎたって。29日になったって。
実弥さんが25の先を生きられる可能性は、あるかもしれない。
この、私達の世界でなら。
恐らくはひどく歪んでしまっている顔で、右隣を見上げれば。
『………っ、』
息が詰まるほどに柔らかな、その微笑み。
「そうさなァ…………確かにまだわからねェ。奇妙な状況が、奇妙なまま続くことも……」
有り得るよな、と笑うのはきっと、私の為。
本当にこの人は……………なんて、優しい。
「もしそうなれば、俺も働かねェとな」
『私、頑張って…………実弥さん囲うもん』
「ふはっ………そら有り難ェ申し出だが、暇を持て余しちまう」
それもそっか、なんて二人で笑い合って。
この時間がいつまでも続けばいいと、私は勝手に。
「Aには楽しい思いを沢山、させて貰った」
『そんなこと、ない……』
「あの時代じゃ見られねェモンも見られた」
『まだあるよっ………実弥さんに、見せたいもの』
そうかィ、と微笑む実弥さんが歪む。
泣くな。
泣いたら、お別れを認めることになってしまう。
『こ、戸籍とかもさ、お金出せば買えちゃったりするらしいしっ………実弥さんがここでこのまま、生きていくことは出来るんだからっ……』
「あァ」
『楽しいことっ………あっちの世界じゃ望めなかったことも、一緒に』
ついに溢れ出した涙。
実弥さんは微笑んだまま、それを左手の指先ですくった。何度も何度も。
そうして私の頬を、その手で柔らかく包み___
「……っ?」
トン、といきなり、首元に走った衝撃。
「………恩人に手荒な真似しちまって、すまねェ」
ひどく苦しげな声色の謝罪と、それから。
そのお礼の言葉を認めた直後、私の意識は。
……………ゆっくりと、遠のいていった。
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ひよ(プロフ) - ツナミカワさん» ツナミカワ様、はじめまして!完結からだいぶ経っているこんな作品にコメントを頂き、本当にありがとうございます(泣) 個人的にはバドエンも嫌いではないのですが←、現世での救済はできればしたいと考えて書いています…!また何かのお話でお会いできれば光栄です♥ (3月2日 9時) (レス) id: 03402cf4a3 (このIDを非表示/違反報告)
ツナミカワ(プロフ) - バッドエンドになりそうで泣いてたのにそこからハッピーエンドで好きって言われたら泣かずにはいられなかった (3月1日 18時) (レス) @page45 id: 8933f39901 (このIDを非表示/違反報告)
ひよ(プロフ) - ☆雪☆さん» アニメ柱稽古編の発表もありましたし、また何かネタが浮かびましたら実弥さんも書きたい気持ちはあります。その際もし見つけて頂ければ、またお会いしたく。ありがとうございました♥ (12月11日 21時) (レス) id: 03402cf4a3 (このIDを非表示/違反報告)
ひよ(プロフ) - ☆雪☆さん» ☆雪☆さま、はじめまして!こんな完結済の話に、恐縮してしまうほど光栄なコメントを本当にありがとうございます!(泣) 今年の実弥さんの生誕も、「アラカルト短編集」という作品の中でお祝いしておりますので、お暇時間にでも覗いてやって下さい…! (12月11日 21時) (レス) id: 03402cf4a3 (このIDを非表示/違反報告)
☆雪☆(プロフ) - 他の作品も色々と読ませて頂いて、ひよさんの描く実弥さんが好きで楽しく読ませて頂いてます。またこれからも読ませて頂きますね。 (12月11日 18時) (レス) id: dd2cbdffb8 (このIDを非表示/違反報告)
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