《後編》改）言えない師範と言わない継子【不死川実弥】

63 : そして安寧は奪われる ページ24

side 不死川実弥






『雛鶴さんが前に、男性をオトすには胃袋を掴むと良いとおっしゃってまして』


「へェ」



椀に口を付けながら、あまり気のない相槌を打てば。



『もし師範が私に掴まれていて下さるなら、貰って頂けません？』


「………っ、」



思わず味噌汁を吹き出しそうになったオレを見て、Aは不敵にニヤリと笑う。


……………確信犯かよ、クソが。



「チッ………からかってンじゃねェわ生意気に」


「あははは………ま、それより先に、やらなきゃいけないことがありますけどね」



Aはそうさらりと纏め、また箸を動かし始めた。



この世から鬼を滅する。


それを心の支えとして、ここまで己を叩き上げてきた。

傷つき失いながら、オレもAも。




(………認められりゃ、楽なんだよ)




Aへの想いを。


声高に叫んでやって、なりふり構わずオレのものにしてやれたら、どれほど良いだろう。

だが、今はまだ。



発しかけた言葉を食事と共に飲み込み、箸を置く。



(これしか)



「………そん時もし互いに生きてたら………ちったァ考えてやンよ」



ふてくされたような響きになってしまった呟きでも、Aは大きな目を更に見開いて。



『へへへ………絶対ですよ！ 指切りげんまん』



嬉しそうに差し出しされた右手の小指に、黙って自分のそれを絡めてやれば、笑顔がこぼれる。


大きな傷痕の残る頬に逆の手で触れようとした、その瞬間。



「緊急招集!! 緊急招集ゥゥゥー!!」


「カァァァ!! 産屋敷邸襲撃ッ……産屋敷邸、襲撃ィィィ!!」



2羽の鎹鴉によって、その静けさは破られた。



そうなんだ。

こうしていつも鬼共に、安寧は奪われる。



傍らの日輪刀を素早く脇に差し、揃って縁側から飛び出した。



「………オレに貰って欲しきゃ、死ぬンじゃねェぞ」


『師範こそ。私を貰いたかったら、死なないで下さいね』



交わすこの言葉が、最後のそれにならなければいいと。


ただひたすら願いながら、夜を駆けた。


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