《前編》改）言えない師範と言わない継子【不死川実弥】

29 : 泳いで戻れ　 ページ30

side 伊黒小芭内





「輸血が必要だと胡蝶に伝えろ。急げ」



肩先に近づいてきた夕庵へ手短に告げれば、すぐさま大きく羽ばたき、蝶屋敷の方角へ飛んだ。


抱えているAの意識はまだ無い。

出血多量による、血圧の低下か。



「鏑丸、Aの脈が弱くなるようなら知らせてくれ」



その細い首に巻かせた鏑丸は、シャーと鳴いて了承した。

後は一刻も早く、胡蝶に診せるのみ。



「………A、聞こえるか」



人間の五感の中でも、特に聴力というものは侮れない。

意識は無くとも呼びかけ続けるのは有効だと、以前本で、読んだ記憶がある。



「お前が死ねば、絶望する人間が3人もいる。不死川、甘露寺、それに俺だ」


「だからお前は絶対に死ぬな」


「意地でも三途の川は渡るなよ。渡りかけたら泳いで戻れ。褒美にはビフテキを嫌と言う程、食わせてやっても良い」



いつもならば『ホントですか伊黒様！』などと嬉しそうに、お前は笑うんだろう。

らしくないとは思いつつ、そんな風に取り留めもない呼びかけを続けていた。












(………伊黒様は、もしかしなくてもお好きですよね。蜜璃のこと)



柱以外の隊士には基本、最低限の指示出しのみという俺に、喜々としてそう話しかけてきたのがA。


何と不躾な、と眉をひそめた俺に物怖じもせず、明るい笑顔を向けた彼女はどうやら、恋柱と仲が良いらしかった。



結局は数回顔を合わせる内、気がつけば会話も成り立つようになり。

恋柱・甘露寺蜜璃の親友らしい彼女は、いつからか俺にとっても、心を許せる存在となった。



女性全般を不得手とする自分には、稀有な相手だ。




………………ただあの風柱のお気に入りということがわかった時は、妙に納得したものだったが。



「………師範不幸なぞ、するんじゃない。阿呆な継子の癖に」



そんな憎まれ口を叩いた所で丁度、陽の光に照らされ始めた、蝶屋敷の屋根が見えてきた。



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