甘やかな唇【不死川実弥】【冨岡義勇】

８ : ☆「不器用」（冨岡義勇） ページ33

side 冨岡義勇




《幸せになろう》





いつかはどこかでまた、会うこともあるだろうとは思っていた。

何と言っても相手は、全社に関係する程の得意先の社員で、しかも現在は物流部所属。




そんな条件が揃っていれば、おのずとその確率は高くなる。



だがしかし、こんなタイミングで、したくもなかった再会をすることになるとは。




正直、夢にも思わなかった。









新規貨物の輸出に関する打ち合わせ、という名目で、オレが所属する名古屋支店を来訪する予定だったのは、違う担当者だったはずだ。



………はずなのに。


「お久しぶりです、冨岡サン」


応接室に居たのは、有り体に言ってしまえば因縁の相手。



「………お久しぶりです、不死川さん」


「ククク………ンなあからさまに、嫌そうな顔しない
　で下さいよ」


この状況に面食らった自分は、どうやら珍しく感情が面に出ていたらしい。

「とんでもありません」と形ばかりの否定と軽い咳払いをして、その前に腰をかけた。


「あれ? お二人お知り合いなんですか?」


良かれと思ってそう聞いてきた後輩に罪はないし、何と言っても仕事中、相手は得意先だ。


「ああ……前に東京で、お世話に」


「何言ってんですか冨岡サン、お世話になったのは
　こっちでしょう」


そう如才なく笑ってみせる姿はいかにも「商社マン」という風貌で、見た目といい物腰といい、絶妙に嫌な気分にさせられる。









M商事 物流部の、不死川実弥。


因縁の相手、という不穏な形容しか出来ないのは致し方ないだろう。

今はもう自分の妻となった彼女の、いわゆる「元カレ」だ。




実際付き合っていたのは高校生の頃だったらしいが、約一年前の春、得意先の担当者として偶然彼女の前に現れ、オレ達を随分と掻き回してくれたものだ。



………… 全くもって、大迷惑としか言いようがない。








「田中が急遽来られなくなってしまったので。相手
　が冨岡サンなら、私が行くと申し出ました」


「……それは……わざわざ、申し訳ありません」




クツクツ笑いながら「お会い出来て良かったです」というこの男には、極力会いたくなかったのが本音だが。



「……では始めましょう。昼までに終われるように」






この後の自分には、大切な予定が控えているから。


嫌なことは早く済ますに限ると、珍しく自らそう切り出し、用意された資料に目を落としたのだった。




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