甘やかな唇【不死川実弥】【冨岡義勇】

７ : ★「生意気」(不死川実弥) ページ28

side 不死川実弥




〈どうかいつかは〉





『そう思いたきゃ勝手にしろや』


堪えきれずに放った声は、自分でも驚くほど低かったから。

瞬間、Aさんが泣きそうな顔をしたのも無理はない。



………そんな顔、させたくなどなかったのに。






・






ハァ、と柄にもない溜息を漏らして寝返りを打ち、もう何度目か知れない動作でスマホを確認した。


見慣れた「cafe kabura」のパンケーキのアイコンは、通知を告げておらず。

その事実に、もう一度同じものを吐き出した。





(……まだ拗ねてンのかよォ)





言ってしまえば、タイミングが悪かったのだ。


Aさんが狙っていた会社の内、ひとつの採用試験に落ちたばかりだった。


「何か自分を否定されたような気になる」と珍しく落ち込んでいた彼女に、どんな言葉を掛けるのが正解かがわからず。


自分に出来ることは何かないか、と思案してみたところで、大して良い案も浮かばず。




(……もしオレがもっと、大人だったら)




彼女の置かれた状況を正しく理解して、彼女の欲しい言葉をちゃんと、伝えてあげられたんじゃないかと。


考えてもすぐにはどうにも出来ないことばかりが、頭の中をぐるぐると回る。







…………それにしても、やっぱり悪過ぎた。




気分転換に、と今日はAさんもkaburaのシフトに入り、久しぶりに一緒に働いていた夕方4時。


あら不死川くん! と、キッチンから出てきたオレにカウンターの向こうから声を掛けてきたのは、中・高の同級生(女子)で。




その姿を認めて、マズいと即座に考えたのはもちろん、カウンター前で接客中のAさんの顔を見たからだ。


いやアンタ接客中な? とツッコむことすらはばかられる程の、眉間のシワを。





今となってはまあ笑い話になるとオレ的には思っているが(Aさんがどうかは知らない)、付き合い始める前、この同級生とオレの関係を、彼女が誤解したという事件があった。


後で白状させたところによれば、その誤解でオレのことを諦めようとまで、思い詰めたらしく。




……だから未だ複雑な気持ちになるのも、無理はないかも知れないが。




悪気のない笑顔で「久しぶりね」と話しかけてきた同級生から静かに離れ、レジを代われとオレに囁いてきた彼女には正直。




(それこそ大人げなくね?)




などと思ってしまい。


せっかく二人きりのバイトからの帰り道、少々モヤモヤしていたのが始まりだった。




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