失われた理性【熊谷みつ夫】

二十四話 ページ27

熊谷みつ夫side


あの日はまだ肌寒くて俺がこの仕事に就いて
初めての出社日の事だ。



近くには公園があり、子供が数人遊んでいるのが
見えた。



そんな時、1人の子供が道路に飛び出した。



ボールを追いかけたみたいだ。



「…ｯ！」



車の運転手は他所を見ていて気づいていない。



俺が助けないと。



でも距離がありすぎた。



「(間に合わ────)」



諦めかけた瞬間。



俺の横を黒い影が通った。



”あいつ”はスピードを落とさず
突っ込んで行った。



普通の人なら自分も轢かれる可能性が
あるから無意識に突っ込むのを躊躇してしまう。



そして飛び出した子供を抱え
向こう側に飛び込んだ。



ｺﾞﾝｯｯ!!



『…い”ｯ！』



「ちょ、大丈夫ですか！？」



この時はまだ顔が見えなかった。



『……ｯ、君…大丈夫…？』



子供
「う”ぁ”ぁ”ぁぁんｯｯ…！！」



振り返った”あいつ”は
俺が見てきた中で一番美しかった。



『ごめんね、怪我してない？
君のお母さんはどこにいるか分かるかな？』



母親
「ﾁｮｯ、うちの子に何してるんですかｯｯ！！」



『あ、お母様ですか…？先程息子さんが───』



母親
「近寄らないでくださいｯｯ！！
うちの子に何したんですか！警察呼びますよ！！」



『あの、落ち着いて下さ────』



「部外者がすみませんがこの人は
そちらの息子さんが轢かれそうになっている
所を助けていました」



母親
「え、？」



『貴方は…』



母親
「そ、そうだったんですか…！？
すみません！私早とちりして失礼なことをｯｯ…！」



『いえ！知らない人の腕の中で自分の子供が
泣いていたらそりゃ焦りますよ！
君もこれからは右左見てからにしようね〜』



子供
「うん！おねーさんありがとう！」



母親
「本当にありがとうございましたｯ！」



『お気をつけて』



俺はこの時。



「(あぁ…こいつは馬鹿なんだ)」



そう思った。



『あ、先程はありがとうございました！』



誰にでも優しくて。



死に急ぎで。



簡単に命を張って。



俺はそんなお前が大嫌いだ。



『間違ってたらすみません。新しく入る
熊谷みつ夫さんですか？私ママンとトゥギャザー
で働いているAAと言います。』



顔があつくなるのがわかった。



「しゃ、喋りかけんな…」



『え』



この時の俺は…いや、今も…







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こいつに一目惚れしたのを認めたくないのかもな。

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