__ chocolate.19 ページ19
.
『 何か食べる? 』
次々と別の光に変わっていく街の灯りを
特に気にも止めない様子で、ただ車を走らせる彼。
スマホを取り出して時刻を見れば夕方近かった。
夜から稽古があるから、と
消え入るほど切なそうな色をする彼の瞳。
「 …パンケーキ 」
早く言わないと何かに間に合わない気がして
脳裏に写ったものを呟いてみせると
ハンドルを握ったまま、含み笑いをした。
『 パンケーキって 笑。
こんな夕方に食べたら絶対太るだろ 』
それでもスマホで近くの店を探してくれる彼は
確信的な優しさを持っているんだろう。
マップアプリを起動させて
有名なカフェまでの通路案内を流すと
私の手にスマホを握らせる。
『 落とさないように、ちゃんと持ってて 』
「 心配なら私に渡さないで下さい 」
いーから持っとく、と威圧的に抑えて
私の言葉を華麗に無視し目的地に向かった。
両手で包むように彼のスマホを持てば
カフェまでの道を促す案内。
何も喋らないままの車空間には、
曲折するときに鳴るウィンカー音と
スマホから出る機械音が流れるだけだった。
『 そういや、名前なんだっけ 』
沈黙を破って彼が聞いてきた問い掛け。
今更…と心の中で呟きながら
自身の名前を平野さんに告げれば
数秒ほど間があった後、彼の喉が動いた。
『 A、ね 』
呼ばれるかもしれないと覚悟は決めていたけど
そんな覚悟も意味をなさないほど
彼からの実名呼びは心臓に悪かった。
静かに名を紡ぐ彼の低音が、
艶やかな風味で私の鼓膜を撫でる。
気を抜けば表情筋が緩んでしまいそうなくらい
甘く掠れたそれは、脳の中を後味良くさまよった。
『 どきっとしたでしょ 』
「 …するに決まってるじゃないですか 」
『 ははッ、可愛いとこあんじゃん 』
その言葉は、笑声を車内へ溶かしていった。
.
__ chocolate.20→←__ chocolate.18
1597人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
さくらんぼ&チェリー@サブ(プロフ) - あぐた。さん» わぁぁぁぁぁ!ありがとうございます!! (2020年2月21日 21時) (レス) id: 8fd736f5ec (このIDを非表示/違反報告)
あぐた。(プロフ) - さくらんぼ&チェリー@サブさん» コメント、ありがとうございます。ベテランだなんて…まだ投稿を始めて数ヶ月も経っていない未熟者です。また作品読ませて頂きますね!(^^) (2020年2月21日 1時) (レス) id: b86c6074bc (このIDを非表示/違反報告)
さくらんぼ&チェリー@サブ(プロフ) - いんこです!hit数がスゴい……ベテランさんですね! (2020年2月21日 1時) (レス) id: 8fd736f5ec (このIDを非表示/違反報告)
あぐた。(プロフ) - ゆかさん» コメントありがとうございます。ただいま下書きをしております。公開予定は今週末を予定しておりますので、もう暫くお待ち頂ければ幸いです。 (2020年2月18日 10時) (レス) id: b86c6074bc (このIDを非表示/違反報告)
ゆか(プロフ) - いつも読ませて頂いています!是非新作も読ませて頂きたいのでパスワード教えて頂きたいですか (2020年2月18日 10時) (レス) id: ad4f41f45e (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:あぐた。 | 作成日時:2020年1月25日 21時