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「あー!めっちゃ悔しいー!」
水着を脱ぐ私の隣で、川瀬が嘆いた。
今日の記録会、平泳ぎ200mの結果は、川瀬は2位だった。
「でもタイム伸びてたんでしょ。よかったじゃん」
「いやそれ勝った人のセリフじゃないでしょ!」
「50mはそっちのほうが速いし」
「50でだって1位にはなれてないです!100も負けてるし!それに、私は200のほうが好きなんです。Aさんだって、ガチのメインは
同じ種目でも距離が変わればペース配分や練習方法が異なる。
確かに私も、長く泳げる200mの方が好きだ。
「それに、100でも200でもAさんと戦えたら怖いものなんてないです」
「でも、私との差は縮まってきてるじゃん」なんて、死んでも言ってやらない。
私はファスナーを閉めてエナメルバッグを肩にかけた。川瀬が「ちょ、待ってくださいよ!」とぐちゃぐちゃにエナメルバッグにタオルを詰め込んで、急いで駆け寄ってきた。
「なーんでわざわざ追いかけてくるんだよ」
「私と話すの嫌ですか?」
「……そういうんじゃないけど」
好きか嫌いかと聞かれればもちろん嫌い。
川瀬からはいつも、「絶対に逃さないぞ」と言っているような、そういう圧を感じる。
私がどれだけに逃げたって、多分こいつは普通に距離を詰めてくるし、私が逃げようとしていることにだって気づいてはくれないのだろう。
「本番では負けません」
「私だけに勝ってもだめでしょ」
「ほんとにそういうところブレないなー」
水泳はバレーと違って、地方大会で優勝しなければ全国大会へ行けないわけではない。決められたタイムを突破すれば、たとえ予選落ちだろうと全国大会へ駒を進めることができる。
優勝を決めるのも「タイム」というものさしだ。ジャンケンのようにどっちかに勝ってどっちかに負ける、なんてことはない。1番速いやつが、1番強い。
だから、組み合わせがどうとか相手がどうとかの言い訳は一切通用しない、自分次第の究極の個人技だと私は思う。
川瀬がいろいろ言っているのを聞き流しながら外に出ると、車が何台かクラブの駐車場に泊まっているのが目についた。ここのクラブに車で時間をかけて通っている人は決して少なくない。
「じゃ、親迎えに来てるんで。Aさんは自転車?」
「うん」
「こんだけ泳いで自転車漕ぐ体力余ってるの、まじでおかしいですって」
川瀬はククッと笑って、駐車場に停まっている黒のワンボックスカーに乗り込んだ。
私は1人駐輪場に向かって、ボロボロの自転車を跨いだ。
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作者名:ねむねむねむね | 作成日時:2024年2月26日 23時