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病室には入らなかった。入れなかった。
お兄ちゃんが「帰ろう」と優しく私の手を引いてくれた。
自転車を漕ぎながら「波多野、置いてきちゃったなあ」なんてことをぼーっと考えた。
考えたくなかった。
家についたあと、お兄ちゃんが茹でてくれたパスタを二人で食べた。
フォークを持つ私の手は震えて、パスタはうまく喉を通ってはくれなかった。
そんな私を見かねて、お兄ちゃんは「無理して食べなくていいよ」と言ってくれたが、お兄ちゃんにそれを言わせてしまったことがものすごく恥ずかしいことのような気がして、震える手で無理やり腹に収めた。
多分、ほぼ泣いていたと思う。
私はどうすればよかったのだろう。
湯船に浸かりながら、私は考えるしかなかった。考えないわけにはいかなかった。
私がもっとしっかりしていたら、お母さんはああはならなかったのだろうか。
お母さんの体がそこまで丈夫じゃないことも、お母さんが普通よりたくさん仕事をしていることも、お母さんが必ず私の大会の送り迎えをしてくれることも、全部知らなかった。
それがお母さんの普通なのだと思っていた。
「お母さん休んでね」と、私は言うべきなのだろうか。
私はお母さんに
私は私だけじゃ泳げないんだと初めて知った。
浴槽の中で足を折り曲げて体を小さくしながら、私は私が水泳を始めてから今にいたるまでのお母さんの様子を必死に想い返した。
確かお母さんは、昔はよく私に口を出してきて、よく小言を言う人だったと思う。
私はそれを聞き入れることは全くなかったし、気にしてもいなかったけれど。だってお母さんはいつもそうだったから。
そんなお母さんが
元気になるというのは、例えば、記録会の順位を聞いてため息をつかなくなったとか、水着に穴が空いたと言っても嫌そうな顔をしなくなったとか、大会の帰り道の車の中で涙を流さなくなったとか、そういうことだ。
なるほど、お母さんは水泳が強い私が好きらしい。
今まで気づかなくてごめんなさい。自分でも笑っちゃうくらいに、私は自分以外に興味が向いていなかったみたい。
でも私は、それでも自分が一番可愛いから、だってまだ泳いでいたいから、私もお母さんも満足できる方法は、きっと一つだけだ。
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作者名：ねむねむねむね | 作成日時：2024年2月26日 23時
