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名取「今思えば、的場は清香のことを考えていたけど、実際には自分のことしか考えていなかった。清香が傷つくのを見たくなかったんだ。一見優しさに見えて、残酷な選択をした。清香がそのことでどのように思うか、考えていなかったんだ」
俺が的場さんだったら、どうしただろう。俺も同じことをしただろうか。いや、しただろう。俺も田沼や多岐、塔子さんや茂さん。西村に北山に笹田を。傷付けたくないから。自分の危ない世界から引き離したい。唇をギュッと噛み締め、俯く。どうしたら良かったのだろうか。すると、フッと笑い声が聞こえる。スッと頭をあげると、名取さんが悲しそうな笑みで空を見上げた。
名取「でも、私たちにはその正しいとされる選択をするのが、とても難しいのだけどね」
そうですね。と、俯いた。そう。俺たちにはその正しさが難しいのだ。
名取「私たちは、不器用だね。上手く生きられない」
夏目「ーーーはい」
嘘をつくのに慣れて。一人になるのに慣れて。俺たちは慣れたくないことに慣れてしまった。それが正解の道ではないと知っていても、そうせざるおえないのだ。
風が音をたて流れていく。寒々とした木々から、また木の葉が落ちていく。それはまるで、俺たちの心が崩れていくような気がして、落ちてくる木の葉を俺は一枚、握りしめた。
ヒュッと鳴る風の音にブルリと体が震えた。秋と言えば寒すぎるし、冬と言えば暖かい。そんな中途半端な季節だった。マフラーに顔を埋めた。
先生「なんだ。夏目。パフェは食いに行かんのか」
夏目「何言ってるんだ、先生。清香さんの習字見に来たんだぞ」
先生「パフェを食べることで用心棒としての気持ちが高まるのだぞ！」
夏目「気持ちだけだろ。先生の場合。向こうでは喋るなよ。一応特別にペット可にしてくれてるんだからな」
ニャンコ先生の呑気さに、少し気が紛れた。そうして、向かっていると、上品な建物が見えた。流麗な字で「書道家香月の展覧会」と書かれている。そこには、その場にそぐう、薔薇を背負った男の人と、この展覧会の主役、いや、主役を描いた女の人が立っていた。絵になる2人は美しい微笑を浮かべていて、端から見ればさぞ、絵画のように見えるだろう。
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作者名：薫 | 作成日時：2020年10月25日 10時
