515話 ページ15
【高地】
乗り越えるべき壁の高さというのは、人によって異なるものなんだと思う。
だから、俺は乗り越えられるから、こいつも乗り越えられる…なんてのはおかしな話。
そんな当たり前のことさえも、わからない奴がいるかもしれないっていうのも、それもまた…ひとつの事実に過ぎない。
黄「無茶すんなって、言ったはずなんだけどなぁ…」
桃「いや、今回のは…無茶じゃないよ」
黄「そう思う？」
桃「急だったんじゃないの？」
黄「んー。急っちゃ急だったけどさぁ…」
本人が一番戸惑っていたみたいだから、きっと急だったに違いはない。
限界を超えたつもりなんてなかったんだろうけど。
「…っ」
黄「起きた…？どこも打ってなかったし、大丈夫とは思うけど…」
「出れる…？」
やっぱり一番に気にするのは、そこだよな…って、少しだけ呆れてしまう俺は、Aと自分の壁の差に気づけているんだろうか。
体と向き合うこと、それはAにとって、簡単なことではないんだと思う。
特に今回みたいに、大丈夫だと思っていても…急に思うようにいかなくなることだって、少なくはない。
黄「リハはあと3回残ってるけど、最高でも1回。それ以上は禁止。体調によってはその1回も禁止。場合によっては…」
「こーち…」
黄「今日は、諦めて。来月の1ヶ月のために。それと…カウントダウン前の、単独ステージのため」
そこまで言えば、まだ決まったわけじゃないけど、固く唇を噛むAの表情を見て、やっぱり納得はいかないよなって、俺の耳元に小声で大我が呟く。
「なんで…私なん…？」
久しぶりに聞いた、Aの弱っちくて、消えそうな弱音。
いや…これがAの本心か…。
時々出てくる、Aの脆くて、儚いところ。
それが見えた時、そのほんの一瞬だけ、Aにとっての見えている壁の高さを感じて、俺は戸惑うんだ。
だからギューっと、普段は別のメンバーがするこの役目を、この時だけは俺が奪ってるんだ。
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作者名：かん。
| 作成日時：2020年12月15日 20時
