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「なかなか撮影にこない役者より、こうして、常にスタンバイしてる役者を主役にするほうが、いい映画になると思うのですが。」
男がいった。
洪監督は、男の全身を、つま先から頭のてっぺんまで見る。
「君は？」
「これは失礼。わたしの名はスケルツィ。功夫映画に主演するためにイタリアからやってきた、陽気な男です。」
右手を左胸にあて、礼をするスケルツィ。
「どうです？わたしを主役として使ってくれませんか？」
「うーん…」
洪監督が、こまったように頭をかく。
「すまないが、この映画の主人公は、清朝末期の武道家なんだ。
そんな時代の人間を、イタリア人が演じたら、可笑しいだろ。」
「安心してください。私は功夫が得意です。」
洪監督は、とんちんかんな返事をしてくるスケルツィを見て、この男は広東語がわからないのじゃないかと思った。
そんな洪監督にかまわず、スケルツィは南拳北掌の姿勢をとった。
そこからはっ！と功夫の技を繰り出し、最後に監督の鼻先で、後施腿をピタリととめた。
「どうですか？」
ニヤリと笑うスケルツィに、洪監督は、コーヒーの入ったマグカップを持たせる。
淹れたてでさかんに湯気をたてているコーヒー。
｢そのカップを持ったまま、腕を上に振ってみたまえ。」
洪監督がいった。
「そんなことしたら、中のコーヒーだけ上に飛び上がりますよ。」
「そのとおり。落ちてくるコーヒーを、零すことなくカップで受け止められたら、主役の件を考えてやろう。」
「・・・・・・・・・・・・」
スケルツィは、部分の手の幅にあるマグカップを見た
神経を集中させ、タイミングをはかる。
「せやっ！」
気合いをこめ、スケルツイがマグカップをふった。
コーヒーが、天井にむかってとぶ。
そして、地球には重力があり、当然のごとく…
びしゃしゃしゃしゃ！
と、スケルツィは頭から熱いコーヒーを被ることになり
「あちゃちゃちゃちゃ！」
と、悲鳴をあげることになった。
「…もうすこし修行をしてから、出直しておいで。」
監督が、スケルツィにやさしくいった。
そのとき、廃工場の入り口付近で、
「李龍狼御一行、入ります！」
という声がした。
見ると、逆光の中、黒い中国服を身につけた長身の男が歩いてくる。
後ろには2人の女性が並び、仲良く日傘で相合傘をしていた。
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作者名：ラーメン | 作成日時：2023年7月22日 1時
