シグナルソング練習11 ページ19
ハンビンから貰ったスポーツドリンクを飲み切る頃には私の呼吸は落ち着き、目眩も気づいたら無くなっていた。私の顔の汗を拭き終わったハンビンは、額に張り付いていた私の前髪まで優しく掻き上げて整えてくれた。
「少しは落ち着いたかな、救護室行く？」
「ううん、部屋に戻ろうと思う。色々ありがとう」
まだ不安気な様子を浮かべる彼にお礼を告げて立ち上がると、彼も急いで立ち上がり私の腰を支えた。
「部屋まで送るよ」
そこまで気を遣ってもらうのも申し訳なく彼の申し出を断ったが、心配だからの一点張りで譲らず、彼の気遣いを受け入れた。
歩き始めると肩を貸すことも申し入れてくれたが、もう一人でも歩けそうだったので遠慮して、二人で部屋を出る。
皆食堂に出払っているのか、宿舎へと続く道はがらんとしていて珍しく物静かであった。
「ハンビナ、早くご飯行かないと夕飯無くなっちゃうよ」
「そういうAこそしっかり食べないと。今日ご飯食べてないって言ってたよね？それだと体がきっともたないよ」
「うっ...仰る通りなんだけど、ここ揚げ物が多いから食欲湧かなくて...」
「それは俺も思ってた、けど朝はまだマシだから朝ご飯はせめてちゃんと食べて欲しいな」
聖人通り越していっそ母親かのような世話の焼き様である。一度しか直接話したことがない人に対してここまで気を掛けるなんて、彼は非常に情の深い人間らしい。
見た目や実力に加えて人間性も非の打ち所がない彼があまりにも眩しく、隣で歩いていてもやはり同じ空間に存在する人間には思えなかった。
ハンビンとぽつぽつ会話を続けているうちにやっとGグループのフロアに着き、階段の側にある自分の部屋を確認できた。ドアノブにレジ袋が掛かっているが何だろうと思いながら、隣に立つハンビンに声を掛けた。
「ここの部屋だからもう大丈夫、色々ありがとう」
「全然、俺は何もしてないよ」
「そんなわけないじゃん、ハンビナは本当に優しいんだね」
強張っていた表情筋が漸く動き出して、私は目の前の彼の瞳を捉えて笑みを作った。今まで目が合った時は狼狽してしまっていたが、今回はやっと真っ直ぐ視線を合わせることができた。
すると今まで溌剌とした印象だったハンビンが、口籠って何かを口にした、
「A、だから」
「ん？なに？」
うまく言葉が気が取れなった私は聞き返すが「なんでもないよ、ゆっくり休んでね」と言い、彼は元来た道を戻るように体を反転させた。
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作者名：すいみ | 作成日時：2023年3月12日 3時
