その男、問題児なり (ページ36)

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湯浅「Aさん」

「お、京己」

湯浅「俺、次抑えなんです」

「…それで？」

湯浅「今流行ってるじゃないですか。Aさんに頑張れって言われるのが」

そういえば戸郷と佐々木にも頼まれたような。ぼんやりとそんな事を思いつつ、目の前の湯浅を見つめる。

「……言ってほしいの？」

湯浅「はい！」

数秒悩み、如月は湯浅の額を軽く弾いた。いたっ、と額を抑える湯浅の横を通り過ぎて行く。後ろから自分の名を呼ぶ湯浅の声が聞こえたがそれを無視した。

湯浅「……行っちゃった」

一人肩を落とす湯浅のもとに、無得点で抑えていた山本がやってきた。じんわりと汗をかいており、ユニフォームの衿でそれを拭う。

山本「如月さんに用でもあったん？」

湯浅「あー…まぁそんな感じですね」

山本「でも自分ブルペン行くんやろ？俺が伝えとこうか？」

湯浅「大丈夫です。俺はAさん直々に言われたいんで」

そう言い残し湯浅は去って行く。最後まで見送った山本は、一人不敵に笑ってからオリックスの面子が集まるベンチへと赴いた。

山本(如月さんに影響されとるのかは知らんけど、素直じゃないな)

(＿＿京己に送り出す言葉なんて必要ない)

自分が近くで湯浅を見てきた。彼の凄さは分かってるつもりだ。八回で登板した湯浅は、如月の視線を感じつつ投球する。ヒットと四球で得点圏に走者を背負ったが、後続を抑え0で終わらせた。

その後九回も日本は0で得点を稼げなかった。最後こそオーストラリアに本塁打を放たれたが、結果的に勝つことが出来た。

準々決勝では負けたら終わりの一発勝負だ。今よりも更に気を引き締めなければならない。それは誰もが分かっている事だった。そんな大事な試合の先発を任されたのは他でもない、如月だった。

栗山「本当は翔平の予定だったんだ」

「……ならそのままでも良かったのでは？」

栗山「僕は君が適任だと感じたよ」

「……」

栗山「もしくは翔平が先発のまま、そして君が後続。その逆でも良いとは思ってた。どちらにせよ、君たちなら大丈夫だと信じてるさ」

先発に関しては悔しい思いをしている。栗山監督の粋な計らいなのか、はたまた偶然なのか。考える事をやめ、如月は首を縦に振った。