勇次郎くんの許嫁『染谷勇次郎』

にじゅういち ページ23

「…おやすみなさい……勇次郎さ……」






ぐぎゅるるる








……









……消えてしまいたい。誰もがそう思う時はあるだろうが私は今だ、いま死にたい


確かに私のお腹から聞こえた地の底を這うような腹の音に顔中から火が出たように熱が籠った




死にたい。死んでしまいたい

男性に、ましてや婚約者にみっともない腹の音を聞かれたのは何にも勝る恥だった






「……っく……」


勇次郎さんも肩を震わせていた

布団で隠れて見えないがあれは絶対に笑っている






「刃物を……お借りしても宜しいでしょうか……」

「…っ……くぅ……」




目に涙を浮かばせてふるふると顔を振われた。だめの合図だ


ならどうしてしまおうかこの空腹を訴える忌々しいお腹を！！







「そういえば勇次郎さん何かお食べになりましたか……？」

「……食欲ない」






そ、それは食べていないと！？

そんなに細身なのにまだ痩せるつもりなのですか！？



時は7時だ。今は夕餉時だし何か……





「勇次郎さん。台所お借り致しても？」

「いらない。そんなことよりあんたが何か食べた方がいいんじゃない？……ふっ」

「ぐうの音も出ません……」








お腹は言っていますが





……









「……っ…くく……」





え、うけた



どうやら無意識に口に出していたらしい


暫しの沈黙の後勇次郎さんが堪えていたものが堪えられず吹いた

大笑いとまではいかないですがここまで笑われると少し手応えを感じますね






「……っ、げほ！ごほ！」


「！？！？勇次郎さん大丈夫ですか！？」




咳き込んだ勇次郎さんの背中を布団越しにさすった

元気に見えて忘れていたが病人なのだった






「やっぱり少し台所お借りしますね……！」

「な、ちょ…………はぁ……」




部屋を飛び出し階段をおりて母屋へ急いだ

何も食べずに回復する患者がいるものか


こういう時に栄養がいるのだ









「……ってあれ…………台所……どこで……」




……やはりこうなるのか

右も左も分からないが取り敢えず勘で進んだ



それにしても本当に趣のあるすごい邸宅……

見学というのも兼ねて少し早歩きで進んだ









ーーーーーーーーーーーーーー


「だからいらないって言ったのに……」







話を聞かない人はこれだから疲れる


ごほ、ともう一度咳き込んで布団の中に潜った

あいつ、もう台所着いたかな






一人で痛みに耐えていた頭痛が、少しばかり緩和されていた


何のせいなのかは分からないが

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