月夜の晩酌 ページ49
嵐が去った海には静けさがやってくる。
雑音のひとつも混ざらないその夜には、“静寂”という言葉が際立つというものだ。
『寒い』
冬島の海域に入った海面には、月の灯りが美しく反射している。鏡のように透き通った海を眺めるAは、空を見上げた。
ちらちらと白い結晶が空から降りてくる。雪はまるで綿あめのように口の中を溶けていくが、味は苦味をおびてどこか寒気がした。
『こういう日に酒を一杯したいもんだぜ。ロロノアの野郎に折られてなけりゃァ、今頃上手い酒がなァ』
寒さを紛らわせようと愚痴をこぼすAの手には、電伝虫が眠っていた。
殻の中に身を縮ませた電伝虫は、この寒さにやられて冬眠を始めていた。怒鳴られる覚悟を決め、今まですっぽかしていた五老星への伝達をと電伝虫を取り出せばこの有様だ。
Aはため息を吐くとチョンチョンと電伝虫をつつく。
もちろん、起きる様子もなければ鳴き声を上げる様子もない。あちら側からの電波も、おそらく受信はされていないだろう。
──また叱られちまう。
苦虫を噛み潰したように顔を顰めたAは、ハシゴを登る足音に耳を動かし目を向けた。
「島は見えたか？」
『全然だよ、まだかかりそうだ。どうした？ なんかあったか？』
毛布を羽織って現れたゾロは、Aに酒瓶と猪口を見せつけた。
随分とタイミングのいいことに、Aは盗聴器でも仕込まれてたのかと一瞬疑いの目を向けたが、ただたんにゾロも同じ気持ちであることを察すると流れるように猪口を受け取った。
慣れない左にかかる酒の重さにより、手がふらついたことで酒が少しこぼれる。
「悪かったな、ソレ」
『悪いと思うならやるなよ。結構痛かったんだぜ』
「許してくれ、怒りで我を忘れてたんだ。お前が本当に嘘をついてると思ってた……」
『どこでおれが嘘つきだと思ったんだよ』
つー……と酒を飲み干したAの顔をゾロは指さした。
「お前は嘘をついてる時、笑ってる」
『……そうか』
気が付かなかった。
猪口を置き、口を隠すように手を当てるA。
「まあ、それも気のせいだったみてェだ。お前、ナミを助けようとしてんだろ？ “仲間”だから」
わざと強調したゾロに、Aは笑顔で返した。
『もちろん、仲間だからな』
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作者名：ヒロ子 | 作成日時：2022年9月22日 19時
