３ 融点９６１．８℃ ページ1
３ 融点９６１．８℃
「よせ霧野！ そんな足で試合に出たら本当にサッカーができなくなるぞ！ 」
「だけど、これで負けたら本当のサッカーは永遠にできなくなるんだ！ どうせできなくなるなら、俺はサッカーを守る為に戦う！ 」
試合に出ようと暴れる霧野先輩を、神童先輩とマネージャー三人が必死に抑えつける。それを尻目に私は剣城と向き合っていた。剣城の横にいる松風君がおずおずと切り出す。
「本当に試合に出ないの？ 」
「出たくない」
私はファスナーを首元までしっかり上げて、手をジャージのポケットに突っ込んだまま答えた。体が冷え切っている気がしてこうしていないと初夏だというのに体が震えそうだった。山の中だからかな。
「試合前はあんなに出たがってたのに」
「そうだね。でも冷めちゃった」
霧野先輩の姿は、夢にまで見た雷門魂そのものだった。憧れの具現だった。なのに他の先輩達は違う。
今日の試合は、どっちのチームもサッカーをしていない。そんな所に足を突っ込んでも、本気のサッカーなんて出来ないって分かりきっている。
「後になって出せなんて言うなよ」──剣城が釘を刺してきた。
「剣城……」
「分かった」
「万能坂は俺が潰す」
「うん。大体、アイツら相手にファーストシード二人がかりは可哀想でしょ」
「却って……向こうにとってはいい言い訳になるから有り難いかもしれないな」
「……剣城、私に試合出てほしいの？ 」
「絶対に出るな」
「何それ。じゃあ、話おーわり」
「ま、待ってよ反田さん！ 」
松風君がベンチに深く寄りかかろうとした私の腕を引っ張る。
「折角剣城が一緒に万能坂と戦ってくれるのに、今度は君がサッカーから離れるの？ 」
「一緒に戦う？ 俺とお前らが？ 」
剣城が松風君の言葉に引っかかった様だ。
「笑わせるな、俺はお前らの手なんか借りない。一人で十分だ」
「えっ、そんな！ 」
松風君が立ち去る剣城と座り込む私の顔を交互に見る。迷った末に彼は私の腕を離してコートへと向かう剣城の背を追いかけた。
『間もなく、後半の開始です！ 両チームがポジションに着きました……って、な、なんだ！？ 雷門のこのフォーメーションは！ 』
目に入ってきた雷門の陣形に、思わず眉間に力が入る。
『車田と浜野、倉間、速水、天城がタッチライン上に並んでいる？ 一体どういう事なのか！？ 』
──ポッカリと空いたフィールドで、笛の合図と共に五人の雷門サッカー部が動き始めた。
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作者名：やに | 作成日時：2022年8月26日 1時
