隣の甘い誘惑（紫） (ページ3)

今日:44 hit、昨日:3 hit、合計:385,163 hit

3 ページ3

.

用事を済ませ家に帰ると壁がトントンと鳴った。

最初は何かぶつけたのかなって思ったんだけど、まましばらくすると規則的にトントンと鳴るので壁に耳を近づけると、今度はベランダの窓が開く音がした。

まさかとは思ったけど、そっと窓を開けるとこちらへ少し身を乗り出して、小さく手を振る深澤くんと目が合った。

薄い壁1枚で遮られたベランダはあんな風に少し体勢を前にすれば顔が見える。

「良かった。
気づいてくれて」

「あ、やっぱりあれ…
ノックしてました？」

「うん。話したいなって思ったからさ。」

タバコの煙が空へと消えていく。

深澤くんってタバコ吸うんだ。

そこで初めて知った。

思わず綺麗な横顔に見とれていると深澤くんがこちらを不思議そうに見てきた。

「なに？俺の顔、なんかついてる？」

「そういう訳じゃなくて…」

「ん〜？どした？」

「もういないんですか？女の人…」

「あー、いないよ。
多分もう来ないと思うあの子。」

そう言ってまたタバコを吸う深澤くん。

その瞳が何を見ているのか私には分からなかった。

「ひいた？」

「いや、全然。
でも私とは世界が違うなって…
深澤さん、すごくモテそうだから。」

「だから、その深澤"さん"っていうのナシね？」

「じゃあ…深澤"くん"？」

「ん〜、まぁいっか。
Aちゃん、改めてよろしく。」

差し伸べられた手を握るとじんわりと温かかった。

胸が痛い、そう思った。

でももっと彼のことを知りたいから、そばにいれたらとも思った。

だから私はあれからずっと、彼にとって仲良いお隣さんというポジションを都合よく利用している。